結論を言おう。二度あった事は本当に三度あった。
目的地にたどり着いた私達が目にした光景は、人っ子一人いやしない…しかし、地は明らかに何人もの人間に踏み荒らされた遺跡の姿だった。
遺跡の奥に噴水でもあるのだろうか?柱などが老朽化でもして倒れたらしく噴水の有無を確認はできなかったが、奥から流れてくる水が静かな雰囲気を演出してくれている。
踏み荒らされた跡は大分新しい。それに違和感を感じたのは私だけではなかったようで、リタが深刻そうな顔をして何かを考えだした。
彼女曰く、この遺跡には地下が存在しているらしい。
最近見つかったらしく、まだ未開拓の部分がある…それを盗賊団に見つかっていたらまずい、と。
ならばとっとと地下に行こう、という話になり、いや、ユーリは大分不審がっていたけれど。
ついていくと言った手前行かないわけにもいかないのは彼も理解している。大人しく全員で地下への階段を下り…、今に至ると。
「はー…あの遺跡の地下がこんな風にねぇ…」
見上げる天井はとても高い。地震でも来たら下手すりゃ崩れ落ちてくるんじゃないかと心配になるほどの空洞っぷりだ。
感心したように見上げる私に釣られるようにエステルも天井を見上げる。
「あ、エステル気を付けて。ちょっとここ滑りやすい」
「え、あ、はい」
見上げたまま歩きだそうとした彼女に注意を促しつつ、カロルやラピードと共に先へと進む。
…後ろで剣呑な雰囲気を醸し出す魔導少女と下町用心棒からちょっとでも離れたかったからだ。
いやあれ落ち着こうよ2人とも、とかそんな制止をしてみろ。2人の矛先がこっちに向く未来が見える。
カロルも同じ気持ちなようで、一緒にちらちらとたまーに後ろを見て喧嘩が勃発していないか確認しつつ、未知の遺跡をずんずんと前へ進んでいく。
「!ねえ!あれ…」
「…?あ。おーいリター!こっちこっち!」
進んで行けば、何かに気付いたカロルが私の服を引っ張って、視線を移すよう促してきた。
その通りに彼の指さす方向へ視線を向け、徐に私は後ろを歩くリタへ声を張り上げる。
「うるさいわねー…何よ」
「これ、もしかして筐体じゃない?魔導器の」
面倒臭そうにやってきた少女の目が一瞬にして輝いた。
カロルが指さした先にあったのは、大量の筐体。山となるくらいのだ。
筐体とは、魔導器を作るための…言わば入れ物だ。これに魔核を埋め込めばあっという間に魔導器の完成と相成る。
だが、山のように積み上げられてるのはどういう事だ?…その疑問はすぐに解決することになった。
「やっぱり…この子たち全部魔核がない」
「例の盗賊団が盗んだのかな」
全部が全部例外なしに魔核が存在していない筐体。
盗まれたのだろうか?ただ単に筐体のみ、だったものをここに投げ捨てていた可能性もなくはない。
魔核は貴重品だ。今現在このテルカ・リュミレースで完璧な魔核を復元できる技術は確立されていない。
古代文明の知識は誰も受け継いではいないのが現状だ。
「あ、でも簡単なのなら復元できるようになってきてるんだっけ」
「よく知ってるわね。その通りよ」
思い出したように呟けば、筐体を調べ終わったのか立ち上がったリタが私に頷いてきた。
「本当ですか!」
「完全な復元はまだ無理よ。それを成し遂げるにはまだまだ時間が要るわ」
嬉しそうに手を叩くエステルに、リタが言葉を返す。
それでもアスピオの魔導師たちはそこまで研究を進めているのだ。これからもその才能を如何なく発揮すれば、完全に復元できる日もおそらく近い。
「そうよ…盗みなんて、馬鹿な真似する時間があるなら研究に割くわよ」
小さな声で呟かれたその言葉は、果たしてユーリの耳に届いたのだろうか。
*
シャイコス遺跡というものは、魔導器によって侵入者を撃退する仕組みらしい。
達が奥へと進めば早速その場面に出くわした。
彼らの視線の先には魔核が抜かれていない魔導器。リタが言うにはソーサラーリング、というエアルを適宜照射し、対象にエアルを充填させられる魔導器であれを打てば、さらに奥に進めるらしい。
ユーリが一瞬訝しんだが、やカロルにせっつかれ、そのリングを装備。そしてエアルを射出。
エアルを十分に充填した魔導器が稼働を開始すれば、彼らの前に奥へとつながる階段が浮かび上がってきた。
成程、効果は確かなようだ、とユーリはリングを改めて眺める。
その間に何だかんだで遺跡を楽しんでいるらしいが先陣を切ってその階段を上りだしていた。
たまに変に子供っぽくなる彼女の後姿を眺めつつ、ふと気になっていた事をリタに訊ねる。
「なあ」
「…何よ」
「お前、アスピオを発つ前言ったよな?“グランヴィルのもいるなら”って」
リタはその問いに何だその事か、と言わんばかりに肩を竦めた。
「あんた、について何を知ってるの?」
「それはどういう意味合いだ?」
「…じゃあ質問を変えるわ。グランヴィルが魔導器研究にも関わってる、ってのは知ってるわね?」
「ああ。まあ知ったのはさっきだが」
十分よ、とリタがユーリを見もせずに、の後ろ姿を見ながら言葉を続ける。
「グランヴィルはね、独自の技術を持ってるの。貴族と言えどたかが一介の一族だっていうのに」
「?」
「あたし達魔導師が、日夜研究に研究を重ねて編み出した論理や技術のコストパフォーマンスを凌駕するのをある日ふらっと現れて提示していくのがフェリス・グランヴィル」
「…あいつの雇い主か」
「そうよ。ガキンチョが言ってたようにあの女はギルドにも顔が広い。騎士団にもよ…そんな完璧超人をも超越してるような女が一介の使用人に家宝なんて預けると思う?」
リタに釣られるようにユーリもの背中を見つめる。
彼女が言っていた。が持つ懐中時計は有事の際、グランヴィル当主代行としての証となると。
何故そんなものを持っている?という問いに彼女は詳しい理由はさっぱり、と首を横に振ったのを覚えている。
果たして本当に知らないのだろうか?何かと秘密にしたがるの事だから、また隠しているだけなのかもしれない。
しばし考えるようにその背中を眺めたあと、興味がないといった風で彼は肩を竦めた。
「さてな。少なくともあいつは何も考えちゃいないと思うがな」
「…あんたがそういう風に思うならそれでもいいわ。でも覚えておいた方がいいわよ、グランヴィルは異質なんだ、って」
忠告するようにそれだけ言うと、リタ自身もユーリを置いて遺跡の奥へと足を進めていった。
それを見て再度彼は肩を竦める。
「異質ねぇ…」
少なくとも、が害を成す人間には到底見えないのだ。例えどんなに異質だったとしても。
異質という言葉をすんなり受け入れた自分に気付いて、ユーリは何とも言えない表情を浮かべその頭をぽりぽりと掻いた。
*
「わあっ!!」
カロルの驚いた声が辺りに響く。
彼が驚くのも無理はない。私達の目の前にいるのは、ここに来る道中に何度か出くわした侵入者撃退用ゴーレム……の倍以上の大きさのゴーレム。
何故か動く気配はないが、初めて見る者を圧倒させる大きさだ。
「これも魔導器…?」
「こんな人形じゃなくて俺は水道魔導器の方が欲しいがな」
本当になんでもあるなぁ…魔導器、と私は感心したようにそのゴーレムを仰ぐ。
その間リタが魔核の確認をしていたらしい、彼女の驚きの声でこの“筐体”にも魔核がない事が判明した。
ここまで立派なものだ。恐らく盗まれたに違いない。
それを裏付けるかのようにラピードが唸りだす。
その唸り声に全員がラピードの視線の先を見れば、アスピオの魔導師が纏うマントで顔を隠した男がそこに立っていた。
正確には物陰に隠れていた、というべきか。見つかったと気づいた彼は、諦めたかのようにこちらに怒声に近い声を張り上げる。
「お前たちは何者だ!こ、ここで何をしている!地下遺跡は関係者以外立ち入り禁止だ!早々に立ち去れ!!」
「はぁ?あんた救いようのない馬鹿ね。あたしはあんたを知らないけど、あんたがアスピオの人間ならあたしを知らないはずがないでしょ」
暴論だ、とカロルが顔を引きつらせる。ついでに私も引き攣った。
しかしその暴論でも、効果はあったらしい。言葉に詰まった男が一瞬たじろぐ。
つまりそれは彼がアスピオの研究員ではないという事だ。それならば彼が噂の盗賊団なのだろう。
生憎と1人のようだが、とユーリが辺りを見回そうとしたその時。
「くそっ!面倒な仕事だ!騎士といいこいつらといい!!」
男が何かを目の前の“筐体”にはめ込んだ。
途端に青白い光を放ちだした“筐体”に、埋め込まれたのは魔核だと理解するのに時間は要さなかった。
「まずい!」
稼働を開始したゴーレムの右腕が、侵入者を排除しようと振りあがる。
当然狙いはあのゴーレムの一番近くにいる人間。
「リタ!!」
「え……」
リタの茫然とした表情が目に焼きつく。
今から駆けて、彼女の所に行っても間に合わない事は明らかだ。
一瞬内心で戸惑った。救える術は、あるが。この術は私だけの召喚術。ユーリ達には誤魔化せてもリタにはどうだろう。
バレたらどうする?そう脳内に不安が過る。だが…。
「そんなの……知るか!!」
目の前で小柄な少女が命の危機なのだ。
自分の素性とか、どうだっていい事じゃないか。
悩んだ自分はコンマ数秒で自分から切り捨てる。
そして叫んだ。
「来なさい!!“玄武”!!!」
叫んだと同時に振り下ろされた鉄槌。
それとリタの間に発生する緑色に発光する壁。
ガキィン!!と言う音を立て、ゴーレムの右腕がはじかれる。
弾かれた腕は勢いよく後ろへと向かい、それに重心を取られゴーレムが仰向けに倒れた。
「やった!」
「いやまだだ!」
カロルがガッツポーズをとったのも束の間、ゴーレムはその巨体をゆっくりと立ち上がらせる。
その動作に一様が各々の武器を構えだす。…後ろでリタが何か茫然とこっちガン見してる気がするんだけど今は気にしないでおこう。こいつを倒さなければ。
ゴーレムを警戒しつつ辺りを見回せば、先ほどの不審者の姿は見当たらなかった。
逃げられたか?いや、こいつを速攻で倒せば今からでも追いつくはず。
「ユーリ」
「ん?」
「多分私の武器じゃ、あいつに傷を付けられない」
見るからに無機質な眼前のゴーレム。いくら切れ味がよくともたかがナイフ。たかが短剣。
所謂非常用の武器、というやつだ。別に扱えないわけではないけど、いつもはそれこそユーリのような長剣を使ってる。
この大陸じゃしっくりくる武器が売ってないのを知っているから、この短剣でやりくりしてしまおうと思っていたのだけど、如何せんこんな無機物相手にするのはちょっときつい。
召喚術を使ってもいいのだが、それよりもっといい案がある。それをユーリに耳打ちする。
「いや、まあ確かにそうかもしれねぇけど…」
「やってみる価値はあるって。まともに挑んでいたらあの泥棒逃げちゃう」
そこで初めて彼は先ほどの不審者が忽然と姿を消している事に気が付いたらしい。
その表情を険しくし、私に対してわかった、と頷く。
「リタ!あのゴーレムの右足!打てるか!?」
「はあ?!」
直撃を防いだとは言え、衝撃は受けたらしい。エステルの肩を借りふらふらと立ち上がるリタに、ユーリがそう叫んだ。
彼の言葉に怪訝そうに顔をしかめるも、ゴーレムを見て状況を把握したらしい。若干の愚痴を交えつつ彼女はおとなしく詠唱を開始する。
「上出来だ!」
ユーリがそんなリタを見てゴーレムに突っ込んで行った。
作戦はこうだ。あのゴーレム、巨体に気を取られがちだが、よく見ると右足をさりげなく引きずっている事が分かる。
そして時折…特に特定の行動をするとき、その右足が過剰に発光する。さらにその右足を庇うような行動をたまに取るのだ。
だから私はゴーレムの足は奴にとってのアキレス腱なのではないか、と目星をつけた。そして特に右足が弱い、と。どんな巨体でも腱に多大なダメージを喰らえば崩れ落ちるに決まっている。
物理的に倒す事に意味があるのだ。出来れば仰向けに。先程不審者は魔核を背中に埋め込んだ。
簡単に埋め込めるものならば、その逆も。
「爆砕陣っ!!」
ユーリが囮となりゴーレムを引き付ける。
作戦通りにゴーレムがユーリに釣られ、徐に光を吸収しだした。
それを見て、私が叫ぶ。
「来た!リタ!!」
「分かってる!揺らめく焔…猛追!!ファイアボール!」
ユーリに向かって放たれようとしたビーム。それが発射される直前、リタが放った火球が右足に直撃した。
それを確認して、ユーリと入れ替わるように私がゴーレムに突っ込んでいく。
仰向けに倒れていくゴーレム。倒れたと同時に私が跳躍。
「!急げ!!」
「任せて!」
ゴーレムの背中に乗り、埋め込まれた魔核に手を伸ばす。
掴んだ!と手に確かな感触を確認し、安堵の笑みを浮かべるも束の間。
「うわっ!?」
唐突に起き上がったゴーレムと、いとも簡単に外れてしまった魔核に、思わずバランスを崩す。
力を込めていたから尚更だ。こんな簡単に取れんのかよ!聞いてないよ!
もう片方の手で動きを止めたゴーレムの背中の出っ張りを掴み、落下して地面とご対面という恥ずかしい事態を回避。
そんな私を見て、安堵したようにエステルが胸を撫で下ろした。
「上手く行ったみたいだな」
「そうみたい」
地面に改めて足で着地して、止まってしまったゴーレムを仰ぐ。
もはや動く気配もない。電池を抜いてしまった以上動けるはずもない。
手にしていたその電池を私はこちらを睨むリタへと手渡した。
「あんたねぇ…!何勝手にそんな無茶な事…」
「いやー、だって下手に倒そうと躍起になったらあのゴーレム壊しちゃいそうで」
それなら無理矢理ではあるけど魔核を抜いた方が絶対いい、そう判断したのだ。
若干納得がいかない表情をリタが浮かべ、“あの子の自立術式見たかったのに”と愚痴るもそれ以上は何も言わなかった。それに思わず笑みを浮かべる。
「…っと、そうだ!あの魔核泥棒!」
「!そうだよ!急いで追いかけないと!」
ゴーレムの事で頭がいっぱいだった。
私とカロルの言葉で我に返った皆と共に、来た道を走って戻る。
「フレン…ここにもいませんでしたね…」
「あんな怪しい奴がいるところに騎士団なんていねぇって。大方もうここを発ったんだろ」
「ああやっぱり三度目…」
がっくりと項垂れる。ここまで来るといっそ清々しい。
もういっそこのまま会えないんじゃ、とうんざりしたように呟く。
「そんなのだめです!早く追いついてに会わせなければ!」
「いやいやいやちょっとエステルさん?暗殺者の話じゃなかったの?」
「お前ら馬鹿言ってる暇あるならとっとと急げ!」
「分かってる!」
不審者は結構あっさりと見つかった。入り口付近で小型の魔物の群れに絡まれているところに私達が追いついたのだ。
小型という事もあり、適当にその魔物の群れを蹴散らし不審者を救出する。
いや、まあ救出と言う名の確保なんだけど。
「さあーて…どうしてやろうかしら…」
魔物に絡まれてた方がマシと思えるような笑みをリタが浮かべ詰め寄る。
「お、俺は頼まれただけだ!魔核を持って来ればそれなりの報酬をやるって!」
「お前、帝都でも魔核盗んだよな?」
「帝都!?お、俺じゃねぇ!デデッキの野郎だ!!」
デデッキ。ここでまた新たな名前が出てきた。
凄むリタと今にも剣を抜刀しそうなユーリに不審者の応対は任せるとしてだ。
こいつが帝都の泥棒ではないとなるとこんな恰好をした泥棒があちこちにいるという事になる。
そこまで大がかりだという事だ。イリキア大陸で2人も見つかったのだ、他の大陸にいないはずがない。ゴキブリみたいって思ってしまったじゃないか。
「依頼人ってのはどこのどいつ?」
凄む2人に怯える不審者にそう訊ねてやる。
返ってきた答えは、トリム港にいる事と、隻眼のガタイのいい男という身体的特徴だった。
「隻眼…顔の右に傷…」
「、知ってるの?」
「いや…どうだろう。本人と対面しないと何とも言えないかも」
隣りにいたカロルの問いに、中途半端な答えを返す。
パッと浮かんだのはギルド『紅の絆傭兵団』の首領だ。確かにあそこは悪く言うとゴロツキ集団だが、こういとも簡単に首領を連想していいのだろうか?
ゴロツキと言っても紅の絆傭兵団はユニオンの五大ギルドの一角を担っている。そんなギルドが帝都…いや、恐らくテルカ・リュミレース全土から生活の要である魔核を盗む真似をするだろうか?
リタを騙ったようにその隻眼の大男も誰かが成りすましてるのかもしれない。
仮に本当に紅の絆傭兵団が魔核泥棒の主犯格だとして、だ。何故集める?売りさばくのはどう足掻いても足がつく…金目的にしては盗むものが変だ。リスクが高すぎる。
第一紅の絆傭兵団は傭兵集団だ。金銭目当て以外で盗む動機が見当たらない。
(他に黒幕がいるのか…?)
何かつい最近似たような話を聞いた気がする。何だっけ……そうだ。
「フレン暗殺…」
「??何か言いました?」
思わずぼそりと呟いた言葉。それに反応して振り向いてきたエステルに、何でもないよ、と笑って誤魔化す。
そうだ、フレンだ。彼を狙う暗殺者…暗殺者は基本依頼で動くものだ。海凶の爪として動いているのであれば尚の事。
あれも依頼主が誰かはっきりと分かっていない。こちらの魔核泥棒の方もだ。偶然か?ほぼ同時期に起こるだなんて。
いや、フレン自体と魔核泥棒は因果関係が今のところ見つかってない。考えすぎの気もしないでもない。
皆が魔核泥棒を遺跡の柱に縛り付け、とりあえず上に出ようと外へと向かう。それの後ろを考えながらついていく。
あの魔核泥棒に問い詰めてもいいかもしれないが、依頼主の素性も知らないような下っ端だ。皆の足を止めてまで聞くことでもないだろう。
彼は依頼主とはトリム港で落ちあう予定だと言っていた。カプワ・トリム港…トルビキア大陸にある、カプワ・ノール港と対となる港町だ。
悶々と考え込んでいれば、唐突に頭にチョップを喰らった。そこでやっと顔を上げれば呆れたようなユーリの顔が視界に入る。
「ユーリ」
「何考え込んでんだ。お前の仕事はエステルの護衛だろ」
「あ………そっかごめん」
諭されるように言われて、我に返った。
黒幕の存在を気にしてどうする。私の仕事は犯人捜しじゃない。
叩かれた頭をさすりながらバツの悪そうにユーリに謝る。
「気になるのは分かるがな。本来の仕事おろそかにするなよ」
「う…おっしゃる通りで…」
苦笑するユーリに苦笑しか返せない。
彼はそんな私の髪をぐしゃぐしゃにするように撫でだした。
「わ、ちょ、やめ」
「あんま深く考えんなよ」
「だからって…ええい撫でるな!」
うがー!とその手を振り払う。振り払えばおかしそうに彼はその表情を崩した。
ああくそ、髪の毛ぼっさぼっさだ。
手櫛で髪の毛を梳きつつユーリを睨む。その様子が面白かったらしい、さらに笑みを深くしてぽんぽんと頭を叩かれた。
「何なのよさっきから!」
「いや、はやっぱりだよなって思っただけだよ」
「はあ?」
「何でもねぇよ」
それだけ言うと前を歩くエステル達の傍へと向かって行ってしまった。
本当なんなんだあいつ…、そう半眼でユーリを一頻り睨んだあと、思わず空を仰いでため息を吐いた。
「?ー?置いて行っちゃいますよー」
「今行くー!!」
エステル達が私を呼ぶ声が聞こえる。それに応えるべく私は仰ぐのを止め彼女たちのもとへと向かう。
リタもいる事だし一先ずはアスピオに戻らなければ。そうしたら次こそはハルルだ。
10.異質だろうと、何だろうと
Next...
彼女が、彼女である事に変わりはない
20111228