「え。下町の水道魔導器が壊れた?」
久方ぶりの休日を満喫してから数日後。
もう日が暮れようという夕刻。夕飯の手伝いでもしようか、と屋敷の厨房に向かって歩いていたら、
少し慌てた様子で奥様がやってきた。
「そうみたいよ、さっきいらした騎士の方がそう漏らしてたわ」
水が溢れて大変みたい。今はもう水が干上がっちゃってるみたいだけど。
心配そうに呟く奥様に、私は駄目もとで訊ねてみる。
「騎士団の方は行かないんでしょうか…」
「うーん…難しいんじゃないかしら…シュヴァーン隊の人たちはある程度行くかもしれないけれど…」
奥様は言葉を濁すが、下町の為に今の騎士団が働くとはとても思えない。そういう意味合いに聞こえた。
いや、実際はそのシュヴァーン隊(の一部)やフレンのように下町の事を考えてくれてる隊もあるのだけど。全体で見たらそっちが稀有な存在なのは事実。
それに今フレンは巡礼に出ている。生活の要の水道魔導器が壊れて、それを補うことがシュヴァーン隊だけで出来るのかどうか。
水が枯渇したのなら飲み水もそうだけど病人とかの為の水も確保しないとまずいだろうし…、と考えていたら、
奥様に名を呼ばれた。慌てて考えるのを止める。
「あ、え、何でしょう?」
「、心配で心配で仕方ないって顔してるわ」
う、と言葉に詰まった。図星だったからだ。
たまに行く下町。その度に親切にしてくれる人たちがあそこにはいる。
…ユーリ・ローウェルは…まあ、この際隅っこに放り投げるとして、だ。
その親切な人たちが窮地に立たされているのなら何かしてあげたい。例え微々たる事しかできなかったとしても。
そう考えてたのが見抜かれた気がして苦笑を零す。それを見て笑う奥様。
「は下町大好きですものね」
「奥様茶化さないでくださいよ…」
あら、茶化してなんかいないわ、とさらに彼女は笑った。
そして、ねえ、と言葉を続ける。
「うちを代表して、行ってきてくれないかしら。下町」
「……は?」
ぽかんと、口が半開きという間抜け面を思わず主人に晒す。
「騎士団を出してやってもいいんだけれど、ほら何かとその後が面倒でしょう?私が行くわけにも、アルスが行くわけにもいかないし」
そうなると一番の適任は貴方なの、と。
…フェリス・グランヴィルという人はものすごく打算的な人だ。そうならなければこの家を守れなかったのかもしれないけれど、
この人がいう事には必ずと言っていいほど裏があるのを私はここ数年で学んだ。
けど、だから何だ。裏があったとして私がどう困るというのか。
「…いいんですか?」
「勿論」
問えば了承の声。アルスには私から言っておくから、と。
笑う彼女に笑い返す。
「後悔しても知りませんよ?何かやらかしちゃうかも」
「ええ。その時は貴方の御給金からある程度差っ引くから大丈夫よ」
「奥様それ大丈夫じゃないです」
私の生活は給料で成り立ってるんですってば。
不敵に笑えば、脅されてしまった。まあ怖いとか笑ってくれるのを想像してたのに。
給料盾にするとかずるいじゃないですかーとか内心で愚痴る。
「…」
「?」
名を呼ばれ、外に出ようとした足を止める。
どうかしましたか?と尋ねれば、少々の沈黙の後、ちょっと苦笑したようなそんな感じの笑顔を浮かべ、何でもないわと返してきた。
「…貴方なら大丈夫ですものね」
「?」
「気にしないでちょうだい。何かやらかさないわよね?ってことだから」
すぐにその苦笑の色は消え、いつもの笑顔に戻り私はちょっと違和感を覚える。
しかし疑問を口にする暇を与えぬかのように、さあ行った行った、と玄関から押し出された。
何だ何だ、と思いながらも聞かれたくないであろう事を聞くのはさすがになぁ…、そう思い、じゃあ行ってきます、と挨拶を口にする。
「はい、行ってらっしゃい。頑張ってきてね」
手を私に向けて振る奥様に疑問を抱きながら頭を下げ、結局尋ねることもないまま下町へと足を向けた。
「…これからの貴方の旅に、幸多からんことを。貴方に、幸せが訪れん事を」
奥様が、そうぽつりと呟いた事を、私はもちろん知る由もない。
*
「ハンクスさん!」
太陽も沈み完全に夜となった頃、パンやリンゴ等の大量の食材を抱え、私は下町の水道魔導器に到着した。
私がやってきた事を、泥やらの掃除に追われていたハンクスさんが気づき、驚いたような声を上げる。
彼のその声に同じように清掃作業をしていた下町の住人が次々と私に気付いていく。
「ちゃんじゃないか!どうしたんだい」
「いえ、下町の水道魔導器が壊れたと聞いて…あ、これ差し入れです。皆さんの夕飯にでも、と思いまして」
夕方にはもう水は出尽くしたのだろう。今ではすっかり乾いてしまっている噴水の縁に食材の入った紙袋を置く。
ちょっと遅れたのはこのせいだ。幸福の市場でありったけの、手軽に食べれそうな食材を買ってきたから。
「…!こんなにたくさん…いいのかい?」
「どうぞどうぞ!本当はもうちょっと持ってきたかったんですけどちょっとこれ以上は持ち運べなくて…」
「いいや十分だよ!皆!ちょっと休憩だ!」
酒場のおばさんが大声で呼びかければ、ありがとう、との声と共に人が集まってくる。
私も一個林檎を手に取りそれを齧りながら、辺りの現状を把握しようとふらふらうろつく。
「!」
泥がひどいとか、あーあー水路に荷台が落ちてる、とか色々思うとこはあったけど、ふと目に止まった噴水を見て、固まった。
噴水に、埋め込まれていた水道魔導器がない。
「…ハンクスさん」
「ん?何じゃ?」
「ここにあった水道魔導器は?」
壊れたから一旦取り外してどこかに修理に出したのだろうか。
そう考えていたのだが、それをハンクスさんはあっけなく否定してきた。
話を纏めるとこうだ。
調子が悪かった水道魔導器の修理を学術都市アスピオの魔導師に依頼した。
で、修理が終わった途端壊れた、と。
いやいやいやそれ修理じゃないよ破壊だよ、と結果論を見た私からだとそう言えるが、魔導器の修理なんて素人から見たら全然分からないだろうし、
上手く誤魔化したんだろう。早い話が詐欺に遭い、おまけにその魔導器を盗まれた。
で、その事態を受けてユーリ・ローウェルがその魔導師の元に殴り込みにいった、と。
「何やってんだあの人…」
しかも行ったのは昼頃だったから、こんな時間まで帰ってこないという事は大方暴れて騎士団にでも捕まったのだろう、と。
ハンクスさんの見解を聞いてもう一度、何やってんだあの人…と呟く。
騎士団に捕まったのだとしたら、水道魔導器は騎士団の手に渡っているはず。
どんな屑でもさすがに下町に返してくる…いや、キュモール隊あたりだと微妙だな。そもそもユーリ・ローウェルが魔導器を取り戻せてるかも分からない。
暴れて騎士団に捕まったのなら恐らく2、3日は牢屋行きだ。せめて魔導器の所在が大まかにでもいいから分かればいいのだけど…。
「ハンクスさん。修理を依頼した魔導師の名前って…」
「ん?ああ、モルディオさんじゃよ」
「モルディオ?」
モルディオってあのモルディオか。いや、アスピオには1人しかいないはずだから間違いなくあのリタ・モルディオ。
いやいやいや、そんなまさか。いや、会った事はないけど、噂だけならいっぱい知っている。
魔導器研究において右に出るものはいないとか、とんでもなく変人でアスピオの中でも浮いているだとか、その他色々。
失礼だけど、下町の住人が寄せ集めたお金で呼べるレベルの人には到底思えない。珍しい魔導器が壊れた、とかならさて置いて、大して珍しい魔導器でもないし。
本当にそれモルディオでしたか、と聞きたいが、止めておいた。修理を依頼したのはハンクスさんだ。
騙されたことでショックを受けているのに、さらにもし別人だったと分かったらもっと落ち込むに違いない。
「…大丈夫ですよ、ハンクスさん」
林檎を食べ終え、作業開始だ、と壊れた荷台の一部を持ち上げる。
「ユーリ・ローウェルが取り返しに行ったんです。あの人なら絶対取り返すまでモルディオを探し回りますって」
それを後でまとめて捨てるのであろうゴミの山に置き、今度はどこからか流れてきた瓦礫を同じように山へと持っていく。
「何だかんだであの人下町大好きですから、絶対魔導器見つけてきます。そりゃあ生活は戻ってくるまで苦しくなるでしょうけど、グランヴィル家から援助すると言伝も預かってますから。気を落とさないでください」
「ちゃん…」
結局のところある程度信頼はしているのだ、私もユーリ・ローウェルの事を。…いや、下町関連の事に関してだけだけど。
どうせならあのツンデレのデレの部分を少しは私個人に対して向けてほし……いやないな、気持ち悪い。
ちょっと想像して鳥肌が立ったところで思い出すのを止める。
「気を落とさないついでに元気も出してください。いっつもユーリ・ローウェルに激を飛ばすハンクスさんが見れないと、子供たちも心配しちゃいますよ?」
作業する手を止めずにそう言えば、しばしの沈黙の後、そうじゃな、と笑うような声が聞こえた。
それを見て、ハンクスさんはそうじゃなきゃ、と笑い返せば、名を呼ぶ声が背後から聞こえてくる。
荷車が流れてきたらしいが運ぶのを手伝えと言う声に、はーい!と返事をし、
じゃあこれで失礼しますね、と挨拶をして手を振るハンクスさんのもとからその場を離れた。
*
「っだー……」
あと2時間ほどでおそらく夜が明けるであろう深夜。ここら一帯の目立つようなゴミをやっと片づけ終わったわけで。
広場の縁に腰掛け、盛大に息を吐く。年寄り臭いとかそこらへんは勘弁してほしい。
疲れた。この一言だ。引っ張りだこでもう…もう何も運びたくない。というか動きたくない。
「ちゃん、お疲れ様。はいタオル」
「あー…おばさんありがとうございます…」
すぐそこの宿屋のおかみが私にタオルを差し入れてきた。ありがたい…汗とか泥とか悲惨な事になっているから。
「大丈夫かい、すごい泥まみれだけど」
「…正直言うとすっごい風呂に入りたいです。せめて水浴び」
川に飛び込んでもいいですか、と割かし真顔で言えば、女なんだから少し恥じらいを持てと怒られた。
恥じらいくらい持ってるやい。でも今はこの泥と汗とおさらばしたいんだい。
年甲斐もなくぶーぶーと文句を言えば、ふと思いついたようにおばさんがぽんと手を鳴らした。
「それならうちで水浴びしていくかい?」
「!!いいんですか!!?」
「川から汲んできた水を風呂場で浴びるだけだけどそれでよかったら…」
「是非!!是非貸してください!!」
女神じゃ、女神がいるぞここに…!と崇めれば、大げさだねぇと笑われた。
大げさなもんか!全然大げさなもんか!
水を得た魚とはまさにこのこと。へたり込むように座っていた体が嘘のように軽い。
「現金な子だねぇ。ほら、さっさと水汲んできな?」
「はい!!」
手渡された桶を持ち全力で走る私を見て、さらにおばさんが笑ったのは言うまでもない。
*
“よしよし、さっぱりしたね。今日はもう遅いからうちで寝ていきな。ベッドは余ってるからね”
風呂(という名の水浴び)上がりに言われた言葉を思い出す。
…うん、確かにおばさんはそう言ったはずだ。つまり宿屋で寝ていけと。
まじっすかそこまでしてくださってありがとうございます!と疲れによる眠気と戦っていた身としては何ともありがたいお言葉に二つ返事で頷いたわけだが。
「…ものすごい生活臭がするんだけど」
宛がわれた部屋にいざ入ったら、あれだ。こう…家主がいますよ、と主張している家具たちが私を迎えてくれた。
そしてとどめは。
「…ラピード……」
「わふっ」
部屋に入ってきた侵入者の足にすり寄ってくる青い犬。見た事あるぞー、というか過去に散々もふり倒したことあるぞー。あの時は本気で嫌がられたけど。
ラピードという名の青い犬。…彼がこの部屋の主…な訳はない。つまりここはラピードの現在の飼い主の部屋というわけで。
「何でユーリ・ローウェルの部屋を宛がうんだあの人…!!」
部屋の前で頭を抱える。いやいくらなんでもこれはない。隣の部屋とか空いてないの?いや、うん空いてないからここなんだろうけど…。
折角のご厚意なんだ。“ユーリ・ローウェルの部屋なんて嫌です変えてくださいじゃなきゃ帰ります”とか誰が言えるんだ。着ていた服も洗濯してもらっているというのに。
「いや…考えろ私…!これはあれだ、つまりこの部屋で休む事をユーリ・ローウェルに悟られなければいいだけの話…!」
極力私がこの部屋で寝たという証拠を残さず……とここまで考えて、何でこんな寝るだけなのに戦々恐々してるんだ、と。
もういいや寝てしまおう…と、おじゃましまーすと家主がいないのに声をかけ、ラピードと共に恐る恐るユーリ・ローウェルの部屋へと足を踏み入れる。
「あ、ソファがある…うん、ここで寝よう」
彼の部屋を見渡せば、寝るのに困らなそうなソファーが目に付いた。
ぽんぽんと手で叩けば、お世辞にもふわふわとは表現できない感触だったが、この際贅沢は言ってられない。
最悪床でごろ寝も考えていたからな…!とどこか遠い目をしながらよいしょ、とソファに乗り込む。
「わんっ!!」
「わっ!」
…そうしたら吠えられた。
何だどうしたと驚けば、ラピードが少々怒ったような唸り方をしていて。
どうしたのラピード、と口にするよりも早く彼は私の服の裾を咥え、あろうことか引っ張りだした。
「わ、ちょ、何!?っていうか待ってそれ借り物!おばさんから借りた服!」
伸ばすのとかやめてくれ!と慌ててソファから降りれば、入れ替わりと言わんばかりに彼はソファに飛び乗ってその体を丸くする。
あ、そーいう…そこは貴方の寝床だったんですねラピードさん。
何てことだ、寝床を奪われてしまった。…そうなると私に残された選択肢は2つ。
「床か…この、ベッドか…」
ここで襲う疲労感。私の中で言い訳が炸裂する。
いや、ほら、これは不可抗力だし。私1ミリたりとも悪くないし。明日朝起きたらほら、誰も寝てませんよ臭を醸し出す為にベッドメイクすれば。
…いけるんじゃね?ばれないんじゃね?と結論を出し、恐る恐るベッドへと乗り込んだ。
ソファ同様お世辞にもふわふわとは言えないそれ。だがそれでも今の私には十分なもので。
「あー…うん、これは…」
人の匂いがするとか、人ってこれユーリ・ローウェルのだよ、じゃあこれユーリ・ローウェルの匂いか、いや何考えてんだ私気持ち悪い、とか、ちょっとだけ頭をよぎった。
けれど、そんなよぎったとか認識する間もなく私は睡魔に意識を譲り渡した。
*
「わんっ!わん!」
「んー……」
犬の鳴き声が聞こえる。何だろう、やけに近いな。
9割近くまだ寝ている頭で犬の声を聞く。それを聞きたくなくて、布団を頭までかぶる。
んー何でこんな近いんだ。うちの近隣に犬なんて飼ってる人いたっけ…いや、それ以前にここ帝都だし…私の家ないし…、…?じゃあ私どこで寝て…………。
「うわあああああああ!!!!」
思い出した。そして飛び起きた。ベッド脇にいたラピードがやっと起きたかこの寝坊すけ、みたいな感じにわふ…とか鳴いてたのは全力でスルー。
窓からは太陽の光が差し込んでいる。え、嘘今何時?!
慌ててベッドから降りれば、ラピードが口でテーブルを指し示す。そこには昨日おばさんが洗濯してくれたはずの私の服が置かれてあった。
「わ、もう乾いてる!いやこれ私が寝坊したから!?」
どっちにしろありがたい。急いで着ていた服を脱ぎ、着替える。借りた服はどこに置こう。ええいここに私の服が置いてあったんだ、ここに畳んで置いておこう。
そう勝手に結論づけ、おばさんごめんなさい、と内心で謝りつつブーツも履いてきちんと着替え終われば、それを待ってたかのようにラピードが部屋を飛び出した。
「え、あ、ちょ、ラピード!?」
慌てて後を追えば、彼は唐突に咥えていた麻袋をこちらに投げてきて、何だ何だと思いながらも受け取る。
何だこれ、それなりに重いけど。そう思い開けようとすれば、ラピードからわん!と何かを催促するような声。
ついてこいってもしかしなくても言ってるんだろうか。要するにあれか、私は荷物持ちか。
開けるのを断念してそのまま彼の後を追う。一体何の用があるのだろう広場に。
そう疑問に思っていたが、広場に着いた途端、その疑問とか、この麻袋は何だとか色々な思考が全部吹っ飛んだ。そりゃもう場外ホームラン並の勢いで。
「……は、」
つい昨日魔導器の奪還に乗り込んだはずの黒髪がいるとかそんなことはどうでもいい。
ふと空を仰げば視界に入る、お城の中でしか会った事のなかったピンクの髪の少女。
「エステ…リーゼ様?」
どさっ、と麻袋が手から落ちる。
その音と私の声に気付いた2人がこちらを見てそれぞれ驚いたような顔をした。
「!?」
至極驚いたような顔のエステリーゼ様が私に近寄ってくる。
見れば見るほどエステリーゼ様。…とかそんな間抜けな事を考えてる場合ではなくて。
「は、え、え!?」
「何だお前ら知り合いだったのか?」
慌てる私をよそに、ユーリ・ローウェルが不思議そうに訊ねてきた。
いや、お前ってあんた誰に向かって言ってるんだ。何て恐ろしいことを。
混乱しっぱなしの私を置いてけぼりにする形で、エステリーゼ様とユーリ・ローウェルが何か話している。
ああああ、もうそんなフレンドリーに接するとかあんたどんだけ鋼の精神なんだよ…!!
「ユーリ・ローウェル!!」
「エステリーゼ様〜!」
状況が呑み込めないまま2人の様子にハラハラしていれば、どこからともなく彼らの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
その声にユーリ・ローウェルがやばっ、と焦りの声を口にする。彼の視線の先には見た事ある顔ぶれの騎士団。…確かシュヴァーン隊の人たちだったような。
ユーリ・ローウェルのその反応と彼を追っているように見える騎士団。
「…今度は何しでかしたんですか、ローウェルさん」
「いや、今回は 「!」
どう考えても追われてる身であることが明らかな青年を問い詰めようとしたら、エステリーゼ様が遮ってきた。
「フレンが、フレンが危ないんです!」
「はい?え、フレン?」
「女史!ちょうどいいところに!ユーリ・ローウェルを捕えてくだされ!」
ああ何かやっぱり顔見知りだったらしい、と頭の隅でそう思いながらも、やっぱり頭は混乱を極める。
ハテナマークしか頭に浮かばない私を救ったのは予想外にも追われてる青年、ユーリ・ローウェルだった。
「ああもう!」
「はっ!?」
救ってくれたのはありがたい。思考停止というありがたくない手段だが。
広場で私が来る以前話していたらしいハンクスさん相手にユーリ・ローウェルが言葉を投げる。
「じいさん、行ってくるわ」
「え、あ、えっ!?」
何処に行くというのか、ハンクスさんに挨拶をした彼はエステリーゼ様の手を引いて騎士団に背を向けて走り出した。
…片手に米俵のように私を担いで。
背後でシュヴァーン隊が何か叫んでいる。狭い路地を通っているせいで下町の住人とたくさんすれ違う。
そんなことはどうでもいい。
「っていうか、降ろせぇええええ!!!!!」
…悲鳴に近い声が、帝都の下町に響き渡った。
04.拉致という名の旅立ち
Next...
エステルとは面識あり
20111005