学術閉鎖都市アスピオ。洞窟の中にある、こう言っちゃあれだが薄暗い街だ。
明かりで照らされてるとはいえ元が真っ暗なこの街。全体的に薄暗く、じめじめしたイメージを初めて来た者に植え付ける。
「ここがアスピオ…」
「何か…薄暗くてじめじめしたところだね」
「やっぱりカロルも思うんだ」
「は来た事があるんです?」
「何度かね。仕事で」
辺りを見回す3人を置いて、ラピードと共に門へと向かう。
門の前には2人の騎士。そして奥にはさらに複数名の騎士の姿があった。
さすがテルカ・リュミレースにおいて他の追随を許さない魔導器研究の街だ。
魔導器を独占したい帝国が厳重に管理しないはずがない。
私とラピードが門前まで来たところで、騎士の1人に呼び止められた。
「通行証の提示をお願いします」
「通行証…ですか?」
私達の後をついてきていたエステルが首を傾げる。
ここは言わば帝国直属の街。一般人をほいほい入れるわけにはいかない。
「そんなの持ってんの?」
「あー……」
カロルの問いに肩を竦めるユーリを余所に、ごそごそとポーチを漁る。
出てきたのは、細かい装飾が目立つ懐中時計。
「これじゃ駄目かな。前来た時はこれで通れたんですけど」
「は?こんな時計…、……!!!」
騎士に見せれば、訝しげに時計を眺めた後これが何なのか気づいたらしく硬直した。
見せてくれという彼に手渡す。隅々まで確認したらしい騎士はそれをすぐに返してきた。
「確かに本物のようです。お通りください」
「はい、どーも」
「ですが、後ろの方々を通すわけには参りません」
「えっ」
通ろうとした私を、騎士の言葉が止める。
彼の言葉に眉をひそめたのはもちろん私だけではない。
「何ではよくて俺達は駄目なんだ?」
「先程も言ったろう。一般人を簡単に通すわけにはいかないと」
「あー…私からお願いしても駄目ですか?」
「いくら貴方でも駄目なものは駄目です。“それ”は貴方個人のみに適用されるものです」
「…、中に知り合いがいるんだが」
「それならその知り合いとやらから通行証をもらっているはずだ。正式の、な」
騎士は頑なにユーリ達を通そうとしない。
首を横にしか振らない騎士に、ユーリが深々とため息を吐いた。
「…皆、私が行ってこようか?」
自分を指さして提案してみる。
一応自由に出入りできると今さっき騎士からお墨付きを得たばかりだ。
フレンとモルディオの事を探るだけなんだし。
「いいのか?」
「うん。それに…」
ユーリ達のもとに戻り、声のトーンを落とし騎士に聞こえないよう、そしてエステルにも聞こえないよう口を開く。
「洞窟の入り口から左手に、裏門があるから。鍵はかかってるけど見張りはいない」
「え、それ本当?」
「うん」
「じゃあそこから行けばいいって事か」
「そゆこと。何なら内側から鍵開けといてあげようか?」
「ううん。簡単な鍵なら僕開けれるよ」
「ナイスカロル。じゃあ私は先に街で色々聞きまわってるから」
普通に不法侵入を教唆する私に、これまた普通に受け入れるユーリとカロル。
エステルに聞こえないように、と言ったのは明らかに犯罪だからだ。駄目ですよそんな事しては!とか言われそうで…。
伝えるだけ伝えた私は騎士に怪しまれないよう笑顔を張り付けて門をくぐる。
そしてくぐり終え、門の向こうに立つユーリ達にこれまたわざとらしく手を振った。
「じゃあ行ってくるから!おとなしく待ってなさいよー」
それだけ言うと、軽快なステップで階段を上る。
上りきって広場に出て、さてどうしよう、と一旦足を止めた。
フレンを探してもいいのだろうけど、この広場から見渡してみても水色の騎士の姿は見えない。
小さい街だから小隊が来ていれば隊員の1人くらいは見つけられると思ったのだけど。
(まさか入れ違い…?)
可能性はなくはない。魔導師を見つけたらすぐにここを発ってしまうだろうし。
ならば先にモルディオ、とやらを探すべきか?
いや、でもなー…ユーリの言うモルディオがどうしても私の知るモルディオと結びついてくれないのだ。
外見はおそらくそっくりだろう。っていうかこのアスピオにいる魔導師全員がそっくりなんだろうけど。
皆マント着てるし。フードを頭にかぶってしまえばきっと素顔も確認しづらい。
とりあえず彼女の家に行ってみるか、と足をモルディオの家へと向ける。
街の外れ、と言ってもいい場所に彼女の家は建っている。知っているのは一度訪れた事があるからだ。
あの時はフェリス様の付添だったのだけど。懐かしいなーと彼女の家に続く階段を下りながら思い出す。
家の前に立てば、あの時と全く変わってない張り紙が貼られたドアが、私を出迎えてくれた。
いや、ちょっと紙が風化してる?ような気もしなくもない。あの時はこのドアの前で待っててね、と締め出されたせいで私はモルディオの顔を拝むことなくアスピオを後にしたのだ。
その後ちょくちょくアスピオに来ることはあったが、結局モルディオがどんな人なのか見れずに今に至るわけで。
「絶対入るな、ねぇ…」
反応はないだろうけど、と思いつつもとりあえずノック。
やっぱり反応はない。仕方ない、と私は軽く息を吐いた。
「モールディーオさーん。グランヴィルの使いの者ですけどー」
バタン!!!と勢いよくドアが開いた。
おお効果てき面。ドアの向こうにはこちらを睨む少女の姿。
…少女?予想していた人物像と若干違うその姿に思わず固まる。
固まった私を依然睨みあげる少女は、恨めしそうに口を開いた。
「何の用よ、仕事の連絡は来てないけど。っていうかあんた誰」
「一応グランヴィルの使いの者です。・と申します」
そう言って先程ポーチにしまった懐中時計を再び取り出す。
それを…正確には懐中時計に掘られた家紋と埋め込まれている魔導器を見た少女…リタ・モルディオは目を丸くする。本当に使いの者だと理解したらしい。
少し解けた雰囲気(といっても明らかに敵意むき出しだけど)にそれを理解して、時計をまたポーチにしまった。
「いえ、今日はまあお仕事の話ではなくて」
「は?じゃあ何で来たのよ」
「うーん…話せばちょっと長くなるというか」
「何よそれ…用がないなら帰ってくれない?」
「ああいや!あります!ありますって!魔核泥棒でちょっと!」
「魔核泥棒?」
ドアを閉めようとしたのを見て、思わず隙間に足を突っ込んでしまった。
どこの借金取りだとちょっと思ったが、この際気にしない。
魔核泥棒、という言葉にドアを閉めるのを止めたモルディオさんに対して頷く。
「ちょっと今帝都で魔核泥棒騒動が起こってて。それ関連でちょっとモルディオさんに話を聞きたい、って人がいまして」
「聞きたいって…あんたじゃないわけ?」
「ええ、まあ。多分もうそろそろ…」
「」
噂をすれば影、という奴だ。
振り返れば、どうやら裏口から無事侵入したらしいユーリ達の姿がそこにはあった。
新たな訪問者にさらに顔を歪めるモルディオさん。そして彼女の姿を視界に捉え驚き半分怒り半分といった表情を浮かべるユーリ。
「そいつがモルディオか?」
「え、うん。まあ…」
「何よあんた達」
「泥棒に名乗ってやる名はねぇな」
初っ端から喧嘩を安売りするユーリに、思わず顔が引きつる。
「ゆ、ユーリもうちょっと穏便に…」
「はぁ?何、あんた常識って言葉知ってる?それとも単純に喧嘩売りに来たわけ?」
ああ安売りなんてするから!
早速買ったモルディオさんに、思わず泣きそうになった。
剣呑な雰囲気の2人の間に立つ身としては堪ったもんじゃない。
ユーリの後ろにいる面々にSOSの視線を送るも全員が全員スルーしやがった。
ひどい、何て薄情な人たちだ。
「と、とりあえずユーリ一旦落ち着いて」
「俺は落ち着いてるぜ?」
「落ち着いてる人は剣を今にも抜刀しそうに構えてません!!」
とりあえず片方だけでも落ち着かせなければ、とユーリを宥める。
「え、えーっと…モルディオさん?」
「何よ」
ああ、ああすっごい怒ってる。そりゃそうだ。初対面の人に喧嘩売られたら誰だって買ってしまう。
おかしいな、私仲介役買って出た記憶は一度もないんだけど。
泣きそうになりながらも事の説明をしだす。ユーリじゃ埒が明かない。
帝都で魔核泥棒騒動があった事。
下町の水道魔導器が盗まれて大変になってる事、むしろ帝都全体の魔導器が盗まれてる事。
水道魔導器を盗んだ犯人がモルディオと名乗り、小柄な体格で、かつマントを着た人間だったこと。
勿論貴方が犯人、と決めつけてるわけではないですが、何か知ってればと思い、と最後に付け加える。
後ろの殺気だしまくりな青年は犯人と思ってる風だけどな!!
「で?実際のところどうなんだ?モルディオさんよ」
「あんたねぇ…あたしがそんなの知るはず…………あ、その手があったのか」
依然お互いににらみ合うユーリとモルディオさん。先に折れたのはモルディオさんの方だった。
というか何か考え込むように彼から視線を逸らした。折れたという表現はおかしいかもしれない。
じ、と私の方を見て何か考え込む彼女に、思わず首を傾げる。
「?」
「ねえあんた…、だっけ」
「はい」
「グランヴィルのがいるなら都合がいいか…あんた達、ちょっとついてきて」
「はあ?何なんだお前さっきから」
「シャイコス遺跡に盗賊団が出たって話を協力要請に来た騎士から聞いたのを思い出したのよ。そこで待ってなさい、着替えてくるから」
そう言うだけ言ってモルディオさんはバタン、と扉を閉め自分の家に戻ってしまった。
「盗賊団…もしかしてそいつらが犯人なんじゃない?」
「どうだかな」
「騎士というのはフレンの事でしょうか?」
エステルの言葉にまず間違いないだろうと頷く。
でも要請が来たのに今現在モルディオさんはここにいる。ってことはつまり…。
「あいつフラれたな?」
「そんな根も葉もない言い方…」
ズバッと言い切ったユーリに苦笑。
「はフッちゃ駄目ですよ?」
「いきなりベクトルを変えないでエステル」
そして同じくズバッと言い切るエステルに嘆息。
何だってこの子は私とフレンをくっつけたがるんだ。
スルー出来るようになってきてしまっている自分が悲しい。
フレンに実際に会ったらどうなる事やら、と考えるだけで頭が痛い。
「待たせたわね、じゃあ行くわよ」
外で律儀に待つ私たちのもとにモルディオさんが戻ってきた。
先程のマント姿ではない。外を出歩くのに適した服装に着替えて、だ。
行くわよ、というからには件のシャイコス遺跡へと向かうのだろう。
「俺達がそれに素直に従うと思ってんのか?」
「あたしは別に構わないわよ?ここで警備を呼んでも」
警備、という言葉に詰まったのはユーリ達だ。
「グランヴィルのはともかく、あんたらは困るんじゃない?どーすんの?捕まる、逃げる、ついてくる。さっさと選びなさいよ」
不法侵入組が顔を見合わせる。
もしかしたらフレンに今度こそ会えるかもしれない。盗賊団の件で協力要請に来たという事はハルルに戻らず遺跡へと向かった事になる。
エステルがそうユーリに打診すれば、彼は観念したように肩を竦めた。
「分かった、行ってやるよ」
「そ。シャイコス遺跡は街を出てさらに東だから」
それだけ言うと、私達の横をすり抜け、広場への階段を上りだす。
その後ろ姿を見て、カロルがぼそっと呟いた。
「何か…ちょっと怖い人だね」
「ユーリの喧嘩を買う度胸はすごいと思うけど」
「お前俺を何だと思ってるんだ」
「あでっ」
うんうん、と頷いて同意する私をユーリが軽く小突く。
「何してんの、置いてくわよ」
「あ、はい今行きます!」
痺れを切らして声を張り上げたモルディオさんに、私達は慌てて彼女のもとへと向かった。
「フレン、いると思う?」
「さあな。ここまで来るとまた入れ違い、なんてのもあるかもな」
「言えてる」
二度ある事は三度あるというし。
はて、どうなることやら。
09.すれ違いの予感しかしない
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20111221