「…げ」
久しぶりの本当に何の仕事もない休日。
買い出しも兼ねた散歩やら読書やらで時間を潰していたらとっぷりと日が暮れてしまっていた。
日が暮れている、と気づいた途端鳴る私のお腹。ちょっと現金すぎて笑ってしまう。
読んでいた本に栞を挟み、せっかくだからどこかのお店でご飯を食べよう。そう思って私は家から外に出る。
で、そういえば下町の酒場に久しく顔を出していないな、ということを思い出して。
酒場に着いて夕飯を頼んで。
運ばれてきた夕飯に目を輝かせたところで私の前に現れた人物が、よっ、と手を挙げてこちらに挨拶をしてきて。
冒頭の嫌そうな呟きに至るというわけだ。
「おい、…げ、は無いんじゃないかいくらなんでも」
「口から出ちゃったものはしょうがないじゃないですか。ほら私正直者なので」
「あーそーですか、あ、悪い。俺にこいつと同じもん頼むわ」
「ちょっと、何さも当然のように相席しようとしてるんですか。余所行ってくださいよローウェルさん」
ユーリ・ローウェル。今目の前にいる青年の名だ。
私の友人フレンの幼馴染。というのは最近知った話だ。
何か下町に行くと度々ちょっかいをかけてくる奴がいるとフレンに軽く愚痴ったら詳細を聞かれ、
素直に答えたらまさかの彼の幼馴染。どうやら私がフレンの友人だと知っていたからちょっかいを出してきていたらしいのだけど。
判明した瞬間のフレンの笑顔はしばらく忘れられそうにない。フレンがブチ切れると素晴らしい笑顔になる事をこの時知った。
しかしこの青年の正体が判明した後も(もとい恐らくこの人がフレンの突撃を食らったであろう後も)度々出くわすのはどうしたものか。
あの般若フレンを躱したのかと思うところもあるけど、彼を躱してまで何でちょっかい出してくるんだろう。
フレンの友人だからってだけでこうもちょっかいかけてくる必要はないんじゃないだろうか。
…とかまあそんなことも思ったこともあるが、如何せん実害もほとんどないし(揚げ足取りとか、嫌がってもついてくるとかそういうのは、まあ目を瞑るとして)、で
深くツッコミを入れることもせず、適当にあしらったりしている現状なわけで(最たる原因は下町での彼の評判がいいところにあるんだけれど)。
「というか、よくお酒飲めるお金ありますね」
「…おい喧嘩売ってんのか?」
「いえテッド君があなたは所謂ニートだと教えてくれたので」
「あいつ…」
半眼で恨めしそうに呟くユーリ・ローウェルを眺めつつジョッキになみなみ残っているビールをちびちび飲む。
まあ下町の用心棒みたいな事をしているらしいから正確に言えばニートではないのだろうけど。
恨めしそうという辺り本人もちょっとは思っているらしい。
ちょっとざまあみろとか思っていれば彼が頼んだ料理が運ばれてきた。ユーリ・ローウェルのバツの悪そうな表情が嬉しそうなものへと変わる。
何だか子供みたいな人なんだよなぁとかぼんやり思う。いい人ではあるみたいだし(下町の住人の意見より判断したものだけれど)。
「そういえば珍しいな。お前が一人でここにいるのって」
「え?ああ、今日お休みもらったんですよ、家庭教師の方」
とか考えていたら、ふと気になったらしい。彼は私にそう聞いてきた。
それに私は素直に答える。いつもは大抵グランヴィル家の方でごちそうになるか、そもそも帝都にいないかのどちらかだから。
私があの家で家庭教師をしている事はこの帝都では結構有名な事だったりする。
まあ奥様が事あるごとに私を紹介という名目でいろんな場所に連れまわしたおかげなんだけれど。
お城のパーティには二度と行かないと誓ったあの日も懐かしい。
「まあ明日から書類なり何なり色々とやる事があるので休みは今日だけなんですが」
そう言ってちびちび飲んで、残り少なくなっていたビールを一気に煽る。
「自分で言っちゃあれですけど私大分真面目ですよね」
「真面目な奴は自己申告なんてしないだろ」
「じゃああれです。ローウェルさんよりは真面目ということで」
「…お前なぁ…」
空になったジョッキをテーブルの隅に追いやり、頬杖をついた。
酒のせいで軽く欠伸。
「そーいえば下町の水道魔導器の調子がおかしいとか」
「ん?ああそういやそんな話を聞いたな」
その欠伸を噛み殺してふと思い出した話題を口にする。
修理に出す、というところまで話は聞いていたが、評議会やら貴族やら、上層部が腐りきってるこの帝都(口が裂けてもそんな事言えないけど、立場上)、
確実に下町の住人が自腹を切る話になるだろう。失礼な話だけどそんな金銭的な余裕がこの下町にあるのだろうかと疑問に思う。
「大丈夫なんですか?まあ、お金の話になってしまうんですが」
「あー…まあ皆が持ちよれば、何とかなる…んじゃねえの?」
返ってきたのは何とも不安な言葉。
魔導器に詳しくないであろう下町の人が異変に気付くという事はちょっとまずい状況にあるはずだ。大丈夫だろうか。
一抹の不安を覚えながらもそれ以上は何も言わない。
薄情かもしれないけど、私は下町の人間ではないし、ひどい言い方だが何かしてやる義理もない。
というかお金援助するよ!なんて言葉を目の前の人物が望んでいるとも思わない。
「じゃああれですね、もし万が一壊れてしまったら直すの手伝ってあげますよ」
だから、そういってニヤリと笑ってやれば、彼もニヤリと笑い返してきた。
「じゃあもし万が一壊れたらこき使ってやるから覚悟しとけよ」
この会話が、現実のものとなるのはおよそ数日後。
03.休日の夜は酒場で一杯
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2人は悪友なイメージ
20110928