「ここまで来ればあいつらも追ってこないだろ」

帝都を出てしばらく走った。ここまで来たらいい加減あのしつこい騎士団も諦めるはずだ、そうユーリは判断して足を止め、ザーフィアスを振り返った。
軽く息を切らしていたエステルも彼と同じように帝都を振り向く。

「エステル、大丈夫か?」
「はい」

城の中で出会った姫君は見た目によらず体力があるらしい。
ユーリはそれに少々驚きつつ、のんびりしている暇はないかもしれない、とエステルに先に行こうと促す。
ここまで来たら大丈夫、と言っても一抹の不安が拭えない。突き放しておくに越したことはないだろう。

「…」
「とりあえずデイドン砦を目指すぞ。そこからハルルに向かう」
「…」
「…、あの…ユーリ?」
「ん?」
「えっと…」
「…私を、無視するなああああ!!」

放置プレイに耐えれなくなった米俵…もといがやっと騒ぎ出した。
今まで米俵よろしくユーリに担がれていた彼女。

「どうした
「どうしたもこうしたもあるか!!状況の説明を!!ちゃんとしろ!!」

あと降ろせ!私は米俵か!といつもの敬語すら消えているに、あ、こりゃまずいな、とユーリは判断。大人しく彼女の要望に従って降ろす。
降ろした途端、彼女はユーリに詰め寄ってきた。表情が今までにないくらい怒っている。

「で、どういう事なんですかこれ!」
「どういうと言われても…」

敬語が戻った、と他人事のようにを見つつ、さてどうしたものかと思案。

「いや、まあ半ば誘拐みたいな形で連れてきちまったのは謝るが…」
「違います!私が怒ってるのはそっちではなくて…!」
「え、あ、!」

否定の言葉の後を慌てて遮るようにエステルが会話に加わってきた。
そして、ユーリに話が聞こえないような距離までを連れて行って話し込み始める。
こちらに聞かれたくない話なのだろう、あのピンクのお嬢様は身分から見ても訳ありのようだし(第一あのが彼女を見て狼狽えていたのだ、おまけに様付けときた)。
それならば無理に首を突っ込む事もない、そうユーリは判断を下し、一休みを言わんばかりにその場に腰を下ろした。
同じく隣に座るラピードの頭を撫でつつ、2人を眺める。

を連れてきたのはエステルを知っているらしかったというのが主な理由だった。
大貴族に仕えているのだ、貴族の扱いは自分よりも長けているだろうし、何より同性という事がエステルにとっても何かと助かるだろう。
…まあ、これはもしに詰問された時の答えとして考えたものでもあるのだが。

(思わず連れてきちまったのは言わない方がいいよな…どう考えても)

ユーリはひっそりとため息を吐く。彼女が怒髪天をつく未来が見えるようだ。
それを想像し、黙っておこうと再度ユーリは決意を固めた。

「ユーリ!」

話を終えたのかエステルとがこちらにやってきた。
それに合わせてユーリも立ち上がる。

「話は終わったのか?」
「ええ、大体の経緯は聞きました。私も旅に同行します」

その言葉に、思わずユーリは驚いた。
半ば誘拐のように連れてきたからてっきり嫌がるかと思っていたからだ。

「いいのか?」
「私からお願いしたんです。に同行してほしいって」

なるほど、と彼は頷く。

「そういう事です。エステリーゼ様の旅の間護衛としてお供させてもらいます」

軽くがため息を吐いた。どうやら嫌がるのは内緒話の時に済ませたらしい。
同行してくれるのならこちらから何も言う事はない。ユーリは彼女に対して手を差し出す。

「わかった。これからよろしくな」
「…まあ、米俵の件は水に流してませんが、よろしくお願いします」

しっかりと釘を刺してきたに少々苦笑し、自分よりも小さい手と握手を交わす。

「?どうしたエステル」
「あ、えっとですね、その…」

その様子を見ていたエステルが、少々気まずそうに俯いた。
気まずそうというよりは、何か言うのを躊躇っている、と言った方が正しいだろうか。
しかし意を決したように顔を上げてを見た。

、私の事エステルって呼んでもらえませんか!」

きょとん、と間の抜けた表情をが晒した。
一瞬ユーリも彼女の唐突な願いにぽかんとしたが、すぐに理由を察する。
自分があだ名のような名でエステル、と呼んだのを、にもしてほしいのだろう。
依然ぽかんとしたままのを見て、エステルは寂しそうに再び俯いた。

「駄目です…?」
「えっ、え?いや、駄目っていうか話が見えてこなくて…」

俯いた彼女にやっとが慌てはじめる。
エステルは単純にあだ名で呼んでほしいだけなのだろうが、この際だ、とユーリはエステルの言葉に便乗する。

「俺も賛成だ、エステルって呼んでやれよ」
「いや、だから話が見えないんですが…」
「そんな如何にも使用人です、みたいな恰好してる奴に敬語で接されると目立つってことだ」

そう言って彼女が着ている服を指差せば、再びきょとんと間抜けな表情に戻った。
その顔のままは自分の服に一旦視線を落とし、その服を摘んでエステルに尋ねる。

「……使用人っぽいですか?」
「少し…」

どちらかというと執事のような恰好だ。苦笑気味の表情を浮かべ肯定するエステルになるほど、と彼女は再度服に視線を落とした。

「えっと…じゃあ、エステル、でいいのかな?」
「!!はい!」

エステルの身分について考えるところがあったらしい彼女は、案外すんなりと敬語を取っ払った。
目立つのは得策ではないと判断したのだろう。

「えーっと…それと、…………ユーリ」
「おう」

少々嫌そうに顔を歪めたのはこの際置いておこう。
あだ名で呼ばれた事と、敬語を取っ払ったにご機嫌なエステルの前でため息を吐くわけにも行かず、
少々気まずそうに彼女は頭をポリポリと掻いた。




*




「怒らないんだな」

日もすっかり落ち、早い人はもうベッドにもぐり睡眠をとり始めているであろう時刻。
ぱちぱちと爆ぜる焚火の前でぼーっと座っていたら、ふと声をかけられた。
振り返るまでもなく声の主が誰かわかっていたので、姿を確認せずに言葉を返す。

「謝る気になったのなら聞くけど」
「…お前ほんと可愛くねぇな」

ほっとけ、と呟けば、声の主は私の隣に腰掛けてきた。
エステルは?と聞かれたので、視線を背後にある馬車へと向け、もう寝たと答える。
デイドン砦に向かう途中にあった、旅籠馬車。日も暮れてきた頃私たちはそこを今日の宿にしようと決めたのだ。
1人だとこういうところは利用しないだけあって、少々新鮮だ。

「いいのか?家庭教師の方は」
「あー…うん、まあさっき手紙を出したし」

焚火を2人で眺めながら会話を続ける。

「エステルが一筆添えてくれたから大丈夫………だと思いたい」

この旅に同行してくれと言ってきたのはエステルの方だ。フェリスの方には手紙で一筆添えるから、と。

「…まあ、何より彼女を放って帰った方がまずい気もするし…」

現時点での次期皇帝候補…しかも外に出た事のない生粋のお姫様を外に放置して帰ってきましたー、
なんて事をしでかしたらビンタの一発じゃすまない気がする。
帰った時の処遇について顔を青ざめさせていれば、エステルの身分についてあまり聞く気はないのだろう。
ユーリは興味がなさそうに手元にあった木の枝を焚火に投げ込んだ。

「てっきりもっと怒るかと思ってたぜ」
「あー…まあ、無茶苦茶な展開にはある程度慣れてるし…」

担がれたのはびっくりしたけど、と軽く睨めば視線をそらされた。

「しかし…暗殺者ねぇ」

先程のユーリ同様、手元にあった枝を投げ込みながら感慨にふけるように呟く。
暗殺者なんて大層なものに追われるという事はあれはただの巡礼ではないということになる。
何かを探してるのか、はたまた何かを守っているのか。どんな理由かは知らないけど。

「心配してなさそうだな」
「そっちこそ」

むしろ暗殺者が心配だ。彼にボコられやしないかと。
ここ数年で剣の腕をめきめきと上達させているあの小隊長。
一年もしない内に追い抜かれるんじゃなかろうか、ともさえ思う。
…剣の腕前を理解している原因は事あるごとに手合せをしてくれとあちらからやってきたことにあるんだけど。
いや…いい人なんだけどしつこいというか熱心というかなんというか…。

「エステルは純粋に心配してるんだろうけどね」

馬車の中ですやすやと眠っているであろうピンクのお姫様。
彼女だけは本当に身を案じているに違いない。そりゃあ、少々は外に出たいという欲求もあったのかもしれないけど。
それに比べ私たちと来たらなんと薄情な事で、と肩を竦めれば、違ぇねぇ、と笑われた。

「個人的にはフレンよりも暗殺者の出所の方が気になるよ、私は」

暗殺、という言葉でまず思い浮かんだのはギルド『海凶の爪』だった。
どこかの個人や弱小ギルドに騎士団の小隊長クラスの暗殺を依頼が来るとは思えない。
そして何よりフレン自身が狙われる理由が思い浮かばない。まあ下町出身の彼が出世しているのを疎んでいる貴族はいるだろうけど。
フレンが原因、と思うよりはフレンが今関わっている事案に対して、と思う方が納得できる。

「何か知ってるのか?」
「んー…私自身が実際にその暗殺者を見てないし現時点では何にも言えないかも」

今考えてる事だって全部仮に、と冒頭についてしまう。
憶測の域を越えられない内は話せない、と首を横に振る。

「色々と詳しいんだな」

憶測を立てられるというのはそういう事だろう、と言われ私は肯定した。

「俺はてっきり俺やエステルと同じでほとんど外に出たことないかと思ってた」
「そりゃあ“仕事”でいろんな街に行ってるから、ね」
「仕事?」
「そ、仕事。奥様から色々と。まあ詳細は言えないけど」

そう言って体を伸ばし、よいしょ、と立ち上がる。
思えば今日はちょっとしか寝れていない。下町の復旧を手伝っていたからだけれど。
思い出した途端出てきた欠伸を噛み殺しつつ、座ったままのユーリに寝る旨を伝える。

「じゃ、私ももう寝るよ」
「おう。………、」
「ん?」

ふと呼び止められて振り返る。

「ありがとな」

私の方を見ずに言われたその言葉に少々目を丸くした。
が、すぐに笑いがこみ上げてきて、言葉を返す。

「そりゃあ、世間知らず2人の旅なんて危険だし?ちゃんと最後まで面倒みてあげるわよ」
「ひでぇ言いようだな」
「事実でしょ?」

くるりと再度振り返り、今度こそ馬車へと歩き出す。


「おやすみ
「おやすみユーリ」




05.護衛として






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20111025