「…あれ…?」

ハルルに着いた私たちを出迎えたのは、色が毒々しいそれに変わった大樹だった。
ハルルに来た事のないエステルとユーリも街の様子がおかしい事に気が付き、表情を曇らせる。

「ここが花の街ハルルなんですよね?」
「うん、そうだよ」

クオイの森で出会った少年、カロルがエステルの問いに頷いた。
何でもこの少年、五大ギルドの内の1つ『魔狩りの剣』の一員らしい。
デイドン砦の連中を思い出し、思わず身構えたがカロルの方は私の事を知らない様子だった。
自らのプロフィールをわざわざ自己申告するような馬鹿な真似はするわけもなく、
ハルルに行く私たちに同行するという彼を受け入れて今に至る。
少々ここに連中が来てるんじゃないかという不安もあるが今更引き返すわけにも行かないし…。

「この街、結界はないのか?」

ユーリの言葉にエステルがそんなはずはないとその言葉を否定する。
確かに今現在どうやらこの街に結界はないようだ。
以前来た時は確かにあった。ならばやはりあの大樹が原因か。

「3人ともハルルは初めて?」
「いや、私は何度か」
「そうなんです?」
「うん」
「そっか。ならは分かってるかもしれないけど、この街は樹が結界魔導器なんだ」
「樹が結界?」

魔導器の中には植物と融合し、進化を遂げるものがある、とエステルが説明をする。
そう。そしてその代表格がこの街ハルルの結界魔導器だ。

「博識だな、…で?その自慢の結界はどうしちまったんだ?」

街を見渡せば、怪我をしている住民やボロボロになった建造物が目に付いた。
明らかに結界がないのが原因だと物語っている。

「役に立ってねえみたいだけど」
「…あ、そういやそろそろ満開の季節か」
「うん。毎年満開の季節が近づくと一時的に結界が弱まるんだよ」

で、そこを魔物に襲われてあの大樹がやられてしまった、というわけらしい。
なるほど、それなら結界が無いのも頷ける。でもそれじゃああの毒々しい色は何だ。
その疑問を口にしようとしたら、不意に私たちの横を走り抜けていった少女の姿にカロルが驚きの表情を浮かべた。

「ごめん!用事があったんだ!じゃあね!」
「えっカロル?」

そう挨拶するや否やその少女の後を追うように走り去って行った。
そういや彼は『魔狩りの剣』だ。私たちと目的が一緒なわけではない。
私たちの目的はフレンだ。ハルルにも無事着いたことだしひとまず探さなくては。

「とりあえず私達も目的を果た………ってエステルは?」

ふと顔を上げれば、あのピンクの姫君の姿が無かった。
ぎょっとして辺りを見渡せば、怪我人の手当てに奔走している彼女を見つける。
その姿にユーリと私は思わず嘆息。大人しくしとけよ…と嘆くユーリに思わず同意した。

「…とりあえず私達だけでもフレン探す?あの調子じゃエステル全員治すまであの場動かないだろうし…」
「…だな」




*




「エステル、怪我人の方はどう?」
「あ…、ユーリ」

私達が街を見て回るのと、エステルが怪我人の治療を終えるのはほぼ同時だったらしい。
最後の一人の治療を終えた彼女がふっと顔を上げる。

「終わったみたいだね」
「はい」
「いやはや…お連れ様には本当に助けられました。ありがとうございます」

私達をエステルの連れだと理解した村長が、こちらにまで頭を下げてきた。

「騎士団に護衛を断られたところでして…あの状態でまた魔物が襲ってきていたらどうなっていた事か…」
「あー…それは災難で…」
「帝国の方々にとっては私らがどうなろうと関係ないんでしょうな」

愚痴にも近いその言葉に私が苦笑すれば、エステルが表情を曇らせる。

「うそ…そんなはずは…」

村長の愚痴を皮切りにぽつぽつと噴き出る不満の声。それに私とユーリは顔を見合わせた。
帝国が周りの街にいい印象を与えていないのは事実だ。下町が貴族街に抱いているそれと酷似しているに違いない。
事実は事実だが、如何せんざっくばらんに言ってしまえば世間知らずのお姫様は全くその事実を知らずにこの18年を生きてきた人物なわけで。

「…フレンがこの街にいない以上とっとと街を出た方が得策に見えるんだけど私」

誰だって愚痴を聞くのは楽しくない。ましてやそれが信じていたものに対してなら尚更だ。
先程エステルが治療を施している間に街を回って得た情報を引き合いに出し、私はユーリにこっそり打診する。

「あ、でも、あの騎士様だけは違ってましたよね?」
「「!」」

ユーリが私に返事をする前に、住民の1人が思い出したように口を開いた。
彼女曰く、ちょうど巡礼の為滞在していた一小隊が襲ってきた魔物を退治してくれたそうだ。
巡礼、という言葉にエステルが表情を変える。

「巡礼の騎士って…」
「フレンで合ってるよ、エステル。そうですよね?村長」
「え、ええ…確かにフレン・シーフォと」

街で聞いてきた情報と同じもの。ついでに現在彼はここにいないのも聞いてきている。
何でも結界を直せる魔導士を探しに旅立ったとか。
その事をエステルに伝えれば、ほっとしたような…しかし依然として会えない事に落胆するような複雑な表情を浮かべた。

「東に行くって言ってたな、確か」
「うん。まあここからならきっとアスピオに向かったんだろうけどね」
「そうですか…でもここで待っていればフレンに会えるんですね」
「ああ。よかったな、追いついて」

エステルが頷く。ここで待っていれば、あちらからこちらにやってくるのだ。
私もそれに安堵する。いくら護衛するからといってあまり色んな街にお姫様を連れまわすのはよくない。

「ハルルの樹でも見に行こうぜ。エステルも見たいだろ」
「あ、はい!とユーリはもう見たんです?」
「ん?いや、あんまりまじまじとは見てないよ。街を歩き回ってたから」
「そういう事だ、行こうぜ」

そう促すユーリに、エステルが魔核泥棒の件はいいのかと問う。
そう言えば彼の目的は護衛ではなく魔核の奪還だという事を忘れていた。
私とエステル、2人とも似たような表情で彼を見ていたのか、苦笑気味にユーリが笑う。

「樹見てる時間くらいはあるって」




*




「しかし…近くで見るとほんとでけぇな…」

ハルルの結界魔導器。その大きさは大樹、と表現するに実に相応しい。

「花が咲いてればもっと大きく感じるんだけどね」
「咲いているのを見てみたかったです…」

見上げる大樹はどこか毒々しい。魔物に襲われたくらいでこんなふうに変わり果てるものだろうか?
これで魔導器に精通していればまだ原因が分かったのかもしれないが、生憎魔導器に関しては無知もいいとこ。
大樹と融合している魔導器となればなおさらだ。下手に触って今度こそ破壊しましたとなると洒落では済まされない。

「……私、フレンが戻ってくるまで怪我人の治療を続けます」

何故か所々が変色してしまっている土を不思議に思い触っていれば、背後でエステルがぽつりと呟いたのを耳が捉えた。
困っている人を放っておけない彼女らしいと言えば彼女らしい。が、本当にそれでいいのだろうか。

「なあ、どうせ治すなら魔導器の方を治そうぜ」

どうやら同じことを思っていたらしい。ユーリがエステルに提案する。
今度魔物が襲ってきたらこの街の住民はお手上げだ。
騎士団はいないし、前回は守ってくれたフレンも今はいない。もちろんギルドの連中もだ。

「魔物が来ればまた怪我人が出るんだ。年寄りやガキが大怪我負うかもしれねぇ」
「それはそうですが…どうやって治すんです?」
「こんなでかい樹だ、そうそう枯れたりしないだろ。、何か分かったか?」

ユーリがこちらに質問を投げてきた。それに対し首を横に振る。

「はっきりとした原因はさすがに分かんない。ただ…」
「ただ?」
「ほら、この土」

手でその変色した土を取ってみる。

「変色してるでしょ?もしかしたらだけど、何か浴びちゃったの…かも」
「浴びた…です?」
「ん。例えば…こう……毒とか?」
「毒ねぇ…」
「う…しょ、しょうがないでしょ。魔導器に関しては全然詳しくないんだもの」

曖昧な答えを返せば、何とも言えないような表情を返されて思わず言葉に詰まってしまった。
無知で悪かったな、とユーリを悔し紛れに睨んだら、ふとその彼の後ろをとぼとぼ歩く少年の姿を目が捉える。

「はぁ…人違いかあ…皆もいないし…どこ行っちゃったんだろう…」
「?カロル?」

どんよりとした空気を纏い、ぶつぶつと何かを呟いていたカロルがどんよりした状態のままこちらに視線を向けた。
彼の存在に気付いた2人もカロルの方を見る。

「カロル、カロルも手伝ってください」
「…なにを?」

エステルがかけた言葉に首を傾げる。

「この樹をね、治そうかなーって」
「なんだ…」
「なんだ、じゃないです」

カロルのどんよりとした空気は消えない。
何だ何があった、と疑問にも思うが、それよりそのカロルから飛び出した発言の方が私達には重要だった。

「理由なら知ってるよ…だから僕は森にエッグベアを…」
「ん?どういうことだ?」

ぼそぼそと呟いたその言葉と私の手にある変色した土。

「あ、あーそういうことか…」
「?どういう事です?」
「やっぱりこれ、毒だったんだよ」

私が土を指させば、カロルが私を見て頷いた。
状況が呑み込めてないユーリ達を置いて会話を進める。

「でも何の毒?」
「多分この街を襲った魔物の血だと思う」
「…なるほどな、魔物の血が毒となってこの樹を枯らしてるのか」

カロルと私の会話を端的にまとめたユーリが先程の私みたいにしゃがみ土を触る。
そのユーリに釣られて感心したようにエステルが土を見、次にカロルを見た。

「物知りなんですね、カロル」
「…別に僕にかかればこんくらいどうってことないよ」

エステルが褒めるがカロルの表情は晴れない。
その様子に軽く息を吐いたユーリが立ち上がり、大樹を見上げる。

「で?その毒を何とか出来る都合のいいもんはないのか?」
「あるよ。あるけど…誰も信じてくれないよ」

さらにどんよりとした空気を纏いだしたカロルに私も軽く息を吐いた。
何があったかは知る由もないが、少年が元気ないのは見ていて楽しいものじゃあない。
同じ事をユーリが考えていたのかは知らないが、カロルの前にしゃがみ、彼の発言を促す。

「何だよ、言ってみろって」
「でも……」
「…パナシーアボトル」
「え…」
「でしょ?カロル」

私がそう言えば、驚いたようにカロルがこちらを見た。

「う、うん…それがあれば毒が浄化できるかもって…」
「パナシーアボトルか…」
「よろず屋に行ってみます?」
「いや、言っても多分無駄足だと思うよ」
「何でだよ」

先程ユーリがカロルの前にしゃがんだように、私もカロルの前にしゃがみ込む。
そのままポンポンとリーゼントチックな頭を軽く撫でるようにはたいてやれば、慌てるような表情をカロルが浮かべた。

「ちょ、ちょっと…」
「カロルがエッグベアを狩りに行ったのは、多分よろず屋が今ボトルを切らしてるから。違う?」
「う、うん…エッグベアの爪はパナシーアボトルの合成素材だから…」
「なるほど…他には何が必要なんです?」
「確かニアの実と魔導樹脂……あ、でもこの近辺に魔導樹脂は…」
「ルルリエの花びらでも代わりはきくって……皆、信じてくれるの?」
「嘘ついてんのか?」

信じられない、といった表情でこちらを見るカロルにユーリが訊ねる。
もちろんその問いに首を横に振るカロルに、彼はくすっと笑って肩を竦めた。

「だったら、俺はお前の言葉に賭けるよ」
「ユーリ…皆…」

瞬間カロルが破顔して頭を掻いた。

「も、もうしょうがないな〜、僕も忙しいんだけどね〜」

その様子に思わず3人で顔を見合わせこっそり笑い合う。勿論安堵の意味でだ。

「決まりですね!私達で結界を治しましょう」

エステルが嬉しそうに手を合わせた。
それを見てユーリが首を傾げる。

「フレンはいいのか?」
「治すなら結界をって言ったのはユーリじゃないですか」
「…まあフレンが戻ってくるよりも前に爪は調達できるんじゃない?」

アスピオからここに戻ってくるなら少々時間を要するはずだ。

「ならフレンが戻る前に樹治してびびらせてやろうぜ」
「そうだね。あの人が驚く顔ちょっと見てみたいや」
「ふ、2人とも…」

意地悪く笑う私とユーリに、エステルが顔をひきつらせ、カロルは“フレン?”と首を傾げた。
目指すは再びクオイの森だ。




07.来た道を戻る




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20111205