…試験開始から、恐らく一時間くらいが経過した。
とっととサトツさんのもとへ向かってもいいのだけど、スタート地点が最後尾だ。
ひょいひょい前の受験者達を追い越して行ったら、目立つことこの上ない。
わざわざ自分から地雷を踏みに行くこともないだろう…そう考え、現在私はゴン達と一緒に走っていた。
さすがに和気藹々というわけにも行かず、皆がただ走るだけの集団ではあるけど。
「!おいガキ!きたねーぞ!そりゃ反則じゃねーのか!?」
その私達の横を颯爽と抜いていく白髪の少年の姿。それをレオリオが半ば叫ぶように咎めた。
スケボーに乗っていたからだ。スケボー…何かすごい懐かしい響き。
私だけ別なところにしみじみしていれば、他の面々がレオリオを咎めていた。
そりゃあそうだ。ハンター試験は原則何でも持ち込み可能なんだし。
汚いという方が間違っている。
「…ねぇ君、年いくつ?」
レオリオの怒声を意にも介さなかった少年が、ゴンに興味があったのか彼を無視して話しかける。
そういえば大体似たような年齢だろうか…と、そこまで考えて少年にどこか既視感を覚えた。
いや、白髪だからというわけではなく、一回どっかで見た事あるような……?
ゴンと少年を追走するような形で顎に手を当て考える。
ゴンとの会話によると、少年の名はキルア。
「……キルア?」
「?」
「あ、いやごめん。若いのに2人ともすごいなーって思っただけ」
思わず口に出してしまって慌てて取り繕った。
どうしよう…すっごく聞き覚えある。というかこの子に私数年前だけど合った事がある。
取り繕うような笑顔のまま、私の内心は冷や汗だらっだらだった。
キルア・ゾルディック。恐らくそれが彼のフルネームだ。
そうだよイルミさんとこの三男坊じゃないか…!何でハンター試験受けに来てるんだ。
一瞬イルミさんが近くにいるのかとも身構えたが、円をこんなところで使うわけにも行かず…そもそも円自体苦手だし。
幸いキルアの方は私の事を覚えていないみたいで、それには少しだけ安堵。
下手に話をこじらせるわけにはいかない。婚約がどーのこーのの噂が広まってみろ。それこそ外堀から埋められてくってレベルじゃなくなってしまう。
「若いって…、も十分に若いだろう」
「え?」
クラピカの少々呆れるような声に慌てて我に返った。
私が若いと申すのか。いや人間の寿命を基準に見てみれば確かに若いだろうけど、この目の前の少年達に比べれば私なんざ若くもなんともないだろうに。
「若いって……いや、私21だよ?」
「「「「え」」」」
「えっ」
4人の目が一斉にこちらを見た。
「、そんな大人だったの!?」
「いや待ってゴン、21でそんなって表現するってことは私何歳に見られてたっていうの」
「…16くらい?」
「…さすがに5歳もサバは読みたくない」
どんだけ幼く見られてたんだ…と複雑な気持ちで自分の顔にぺたぺたと手を当ててみる。
若く見られるのは嬉しい気もしなくもないが、如何せん子供扱いされる事の方が多いせいかどちらかと言えばあまり嬉しくない方に部類されるわけで。
ここ最近その子供扱いが顕著な気がする。何だ、子供の頃は大人っぽいねとか言われてた反動か。
「つまり俺より年上なのか」
「「「え」」」
「えっ」
先程と同じようなやり取り…を今度はレオリオ相手にする。
私よりも年下という事実。まあ…髭を剃れば…それなりに…見えなくも…?
しかしキルアがとても正直に“おっさん見栄張るなよ”と言ってしまったせいで、レオリオが19歳だと怒り出す。
19歳という年齢にゴン達が驚き、騒ぎ出した面々に嫌気がさしたのかさっさと前へと進むクラピカ。
…ちょっと私も驚いた。っていうか年下なのに驚いた。
「…髭剃ればいいんじゃないかな」
「これは俺のトレードマークだ!」
だったらおっさんと言われて怒るなよ、と思ったのは内緒にしておこう。
*
レオリオの年齢暴露からさらに数時間経過。
ちらほらと脱落する者が出始め、私を含める他の受験者達がその者の横を通り過ぎていく。
この試験、ただのマラソンと思って走ると結構キツイものがある。
変わらない風景、不明瞭な出口までの距離…ペース配分を間違うと脱落への近道となってしまう。
実際、脱落…とまでも行かなくても、息が切れ始めてる人も少なくはない。
「ぜ…はっ…ぜぇ…っ」
…現に私の若干後ろを走るレオリオがもう息も絶え絶えだ。
スーツ姿で大丈夫なのかと思ったが案の定。
しかしここで助けるわけにもいかないし。第一、レオリオの為にもならない。
心配なのも事実。さすがに知り合ってばっかりの人が脱落していくのはちょっと気まずい以外の何物でもない。
こっそり後ろを伺いながら走っていたら、ついにレオリオがその足を止めてしまった。
「レオリオ!」
同じように伺っていたらしいゴンが声を張り上げる。
「ほっとけよ、遊びじゃないんだ」
そのゴンに対し、キルアが咎めるような声で先へと促す。
そう、キルアの言うとおりだ。これは遊びでもない。遊びに命は賭けられない。
ここまでか…と、少々名残惜しい気分だけど、仕方ない。落としていた速度を再び元に戻そうとしたその時。
「…ざけんなよ…」
レオリオが小さく呟いた。
「絶対ハンターになったるんじゃあああ!!くそったらああああ!!!!」
そして咆哮。私の横を猛スピードでレオリオが追い越して行く。
その様子に不覚にも呆気に取られてしまった。ぷっ、と思わず吹き出してしまう。
正直な話だ、レオリオについてはよくこの会場に来れたな、と思ってしまったのだ。最初。
ゴンは底知れぬ何かを感じたし、クラピカは基本的な身体能力が高そうなのが見た目で分かった。
2人と比べると…いや、比較対象がおかしいのかもしれないが、どうしても2人よりも劣っているように見えたのだ。
ああでも訂正しないとなぁ、と思わず笑う。あれだけ根性があると思わなかった。
案外、あっさりハンター試験を合格しそうだ、なんて全力で走っていく後ろ姿を眺める。
「私も頑張んないといけないか…」
ヒソカに目を付けられるのはまっぴらごめんだが、手を抜いてる自分が少々恥ずかしくなった。
ワイシャツの袖をまくり、両手で自身の頬を軽く叩く。
「うしっ!」
一番近くにいたクラピカに先に行く旨を告げて、そこからとんとん拍子に受験者を抜いていく。
ある程度抜いた、と思ったらやっと先頭集団…つまりはサトツさんの後ろ姿が見えてきた。
やっとか、と思うと同時に、彼の先に広がる光景に思わず“げ…”と呟いてしまった。
呟いたのは他の受験者達も同じだったらしい。周りの受験者が口々に茫然とした口調で愚痴をこぼす。
確かにここまでずっと平坦な道のりだった。地上に戻るにはそれなりに昇らなければならない。
階段は確かにここまで来た受験者の心を折るにはちょうどいい。
普通に走るよりも確かに疲れるし、と内心で考えつつ、しかし走る速度は落とさない。
まあこの程度で限界を迎える体力ではないのは自覚しているし。
この調子だとすぐに先頭に出てしまうかなー…それはさすがに目立つよなー…なんて、さてどうしよう、と困ってみる。
「あれ?だ」
困っていたら、後ろから聞いたことのある声が私の名を呼んだ。
ん?と振り向けば、そこにいたのはゴンとキルア。
「アンタいつの間に前に来てたんだ?」
確かレオリオ達と大体一緒の位置にいたよな、と驚いたようにキルアがこちらを見る。
「ん?いや普通にさっき?」
お互い走る速度はそのままに会話を続ける。
気付かなかった、と驚くゴンに対し、何か考えるようにこちらを見てくるキルア。
「?何?」
「…いや、何でもねぇよ」
何かひっかかってるような顔でこちらをしばらく見ていたが、彼は自身で否定するかのように首を横に振った。
ここまで顔を突き合わせて思い出さないという事は私の存在自体覚えていない線が濃厚だ。
…と、ここまで考えてそういえばここまで来るのにさりげなく気配を消していたことを思い出した。
というか常時絶で過ごしているのだ。気配が希薄なのに驚かれても無理はない。
この子達は恐らく私を裏社会など知らない一般人だと思っている。それなら何者だと疑われても仕方ない。
「癖なの。君みたいにね」
「!」
「?」
睨まれるような視線を浴びるのはあまりいい気分ではない。
キルアにだけ分かるように、かつ一般人を否定出来る言葉を選んで言えば、予想通りの反応が返ってきた。
ゴンが頭上にハテナマークを浮かべる中で、少々キルアの纏う空気が剣呑になる。
「アンタ…何者だ?」
「そこらへんはほら、企業秘密ってことで?」
「…」
にこにこ笑う私に対してしばしの沈黙の後、諦めたようにキルアがため息を吐いた。
それと同時に彼が纏っていた空気が霧散する。
「…変なヤツ」
「よく言われる。心外だよね」
「いやそいつらが正しいと思う」
「…」
今度は私がキルアを睨んだ。そしてキルアはどこ吹く風で視線を逸らす。
あ、くそっここら辺イルミさんにそっくりだ。何か腹立つ。
「あれっ」
不意にゴンが意外そうな声を上げた。
その声にゾルディック三男坊のほっぺでも抓ってやろうかとしていた手を止め、そちらを見る。
「もう先頭だ」
いつの間にか受験者全員を抜いていたらしい。喋ったりしていたが、かなりの速度だったし。
思わずゴンに釣られ後ろを振り返れば、息も絶え絶えなのが多数、自身のペースに合わせて着実に歩を進める者少数、なんて様々な受験者の様子が伺えた。
「何か呆気ねーな、ペースも遅いし。逆に疲れるっつーの」
「どんな体力してんのよあんた…」
「いや、汗一つ掻いてないには言われたくねーよ」
冷静につっこまれ、う、と言葉に詰まる。そんな私を半眼で一瞥し、あーあ、とキルアは嘆息した。
「結構ハンター試験も楽勝かもな、つまんねーの」
一次試験でその結論を出すのは早すぎやしないか、という言葉を飲み込む。
つまらなそうに頭の後ろで腕を組むキルアに、ゴンが不思議そうに尋ねた。
「キルアは何でハンターになりたいの?」
「俺?俺は別にハンターになんかなりたくないよ。ただ物凄い難関って言われてたから興味本位で」
「は?」
「キルアと大体一緒かな。持っててもデメリットなさそうだったし、まあいいや受けちゃえーって感じで。そういうゴンは?」
「オレの親父がハンターをやっているんだ。親父みたいなハンターになりたいんだ」
「親父?」
「うん!」
どんな奴かとキルアが問えば、わかんない!と笑顔で答えが返ってきた。
何でも生まれてすぐに親戚の家に預けられ、そこで育てられたらしい。写真でしか姿を知らないが、とあるハンターに出会って父親の事をたくさん教わったらしい。
その人がすごく嬉しそうに話すから、きっと素晴らしいハンターなのだろうと、そんなハンターに俺もなりたい、それがゴンの動機だそうだ。
…とそこまで話を黙って聞いていたが、内心で実は冷や汗だらっだらだった。何で今日冷や汗ばかり掻かなきゃいけないんだ、この子供たち怖い。
嫌な予感がする。初めて見た時潜在能力が物凄そうだと思った事、父親はトリプルハンターにも引けを取らない有名人、果てはそのとあるハンターの名はカイトという。
「…ね、ねえゴン?」
「ん?」
「あの、さ…ゴンのファミリーネームって…何?」
「フリークスって言うんだ」
やっぱり、と思ったが固まらずにいられなかった。間違いない。この子、あのジン・フリークスの息子だ。
十二支んの中でも取り分けひどい変わり者。というか面倒くさがり者。実力は確かだから、カイトさんのように崇拝する人も少なくはないけど、反発してる人も多いあの、あのジン・フリークス。
実際に面識はないが、十二支んのトップと面識がある以上、彼の情報は他人よりかは多く持っている自信がある。
いやしかし、彼の息子。っはー…世の中狭いわぁ…。
…なんて固まりながら考えていたら、驚いたようにゴンがこちらに食いついてきた。
「もしかして、親父の事知ってるの!?」
「え、あ、いやー…ものすごい有名人くらいしか知らないや、ごめん」
一瞬知ってるよー超知ってるよーって言いかけたが、ゴンのきらっきらした目を見て咄嗟に嘘を吐いてしまった。
幻滅させること請け合いだ。こないだだって確か規約違反がどーたら、って話を聞いた。
若干落ち込むゴンに、ごめんね?と再度謝る。
「ううん。でもも知ってるくらい有名なんだね親父」
「うん。あの人の有名っぷりは保障するよ。多分ハンターなら誰もが知ってるかも」
「、ハンターじゃねぇじゃん」
「私の周りに多いんだよ、ハンターが」
「おい見ろ!出口だ!」
ふーん、と別段何も疑問を抱いていないようなキルアの声が、背後からの突然の歓声に近い声でかき消された。
顔を上げれば、確かに明るい太陽の光が階段を照らし出している。
先程まで確かにここら一帯暗闇だった。そうなれば夜も明け始めているということか。
何時間走っていたかもはや分からなくなってきていたのでこれはありがたい。が同時に徹夜で走らされたのかと気づかされる。
いや、まあ徹夜とか慣れっこですけど?何にせよようやくこの長いトンネルを抜け出せるのか。
一次試験のゴールかどうかは甚だ怪しいけど…と思いもしたが、陽の光に当たりたいという一心でゴン達と共に走る速度を上げる。
「う…わー…」
そして階段を上りきって視界に飛び込んできた景色に、ゴンが感嘆の声を漏らす。
一面に広がる湿原。広大という言葉がまさに相応しい。
私達に続いて続々と受験者が階段を上りきる。そして眼前の光景に目を奪われていく。
「ここは…」
「ここはヌメーレ湿原。通称“詐欺師の塒”」
息一つ切らしていないサトツさんが説明を始める。
「この湿原を抜けた先が、二次試験会場となります。気を付けてください、ここは騙し合いが日夜繰り広げられる地です。…騙されると、死にますよ」
淡々と告げられたその声に、受験者達がごくりと喉を鳴らした。
試験は、まだ始まったばかりだ。
02.最近の11歳って怖い
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アウトドア派の情報屋
20111203