雨がしとしとと降り注ぐ。
傘を差す私の眼前には一つの墓標。先程供えた花束は雨のせいでたくさんの水滴がついている。
今日はアルバイトで働いているコーヒーショップの方を休んでここに来ている。
そしてそのコーヒーショップのオーナーは今私の眼前の土の中。

「……あっけないなぁ。本当にぽっくりと勝手に死んじゃった」

ぽつりとそう呟く。
悲しんでいるのか?と聞かれたらどうだろう、よく分からない。少なくとも“前の世界”にいた頃とは違う感情を覚えているのは間違いないけれど。
あの頃は周りの人が次々と簡単に死んでいったから悲しむ余裕がなかったのだろうか。

病。私に『末期なんだわ、オレ』と告げた翌日にオーナーはあっさりこの世を去った。
ちなみに今日はその“翌日”の2日後である。

「何というか…あれですねぇ…結構心にぽっかり穴が開くもんですねぇ…オーナー」

呟いた言葉に言葉が返ってくることはない。
返ってきたら逆に怖い。これはいわゆる独り言。

オーナーは私の命の恩人という奴だった。
この奇天烈な世界にどうやら迷い込んだらしい私を何の躊躇いもなく雇ってくれて、
剰えこの世界での生きる“術”も教えてくれた。まあ後者は使う時が来るのかどうか少々怪しくはあるけれど。
彼がいなかったら今ここにこうしていることもできなかっただろう。

オーナーが亡くなる間際にくれた、“鍵”を掲げてみる。
チャリ、と金属独特の音が雨音に紛れて鳴る。

私は託されたのだ。この“鍵”を。あの“店”を。
私は命の恩人にこれを託された。ならば、恩返しとして私はこれを管理しなくてはならない。

「…私、頑張りますね、オーナー」
頷くと同時に私は立ち上がる。恩返し、なんて柄ではないけれど。
あの人には恩を返したくなるほどの事をしてもらった。
鍵を握りしめ、私は立ち上がる。

「2か月に1度くらいは掃除に来てあげますから、だからそこから見ててください」

貴方が遺したコーヒーショップも。……裏の顔として営業していた情報屋も。
きちんと守ってみせるから。


「今日からは、私が『ミモーリア』のオーナーです」


さあ、帰って店を開けなければ。
泣いている暇など私にはないんだ。




00.大きな決意と船出の日






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このオーナーがオリジナルキャラです。念のため
20110924