ミモーリア。私が経営するコーヒーショップの名だ。
豆の販売はもちろんだが、カフェとしても経営していたりする、田舎町に佇む小さな店。
店員は私一人な為、席を増やすだとかそういうことはできないが、リピーターもそれなりに多く経営は順調だと言える。
先代から引き継いでおよそ1年。最近やっとオーナー=私、という方程式が成り立つようになってきた。

ちゃん、今日ももらえるかい?」
「あ、おかみさん。いつものでいいですかー?」

長閑な午後。暇を持て余してカウンターに頬杖をついていた私のもとに、三軒先にある果物屋のおかみさんがやってきた。
彼女は特定の豆しか買っていかないから、いつものように同じ種類の豆を袋に詰めて重さを調節する。
いやー悪いねぇ、ちょうど切らしちゃって…、と笑いながら店内に入ってきて、中を見渡しちょっと固まる。
固まったかと思いきや光の速さで私の傍へとやってきた。

ちゃんちゃん!」
「はい?」
「あれ!あれ誰だい!?」

おかみさんが何を言わんとしているのかを理解して、ちょっとだけ嘆息。

「……私の知り合いです。気にしないでやってください」

あれ。店の一番隅のテーブル席で優雅にコーヒーを飲んでいる青年を指している事は明らかだった。
こちらに興味がないのか、無関係を装っているのか、はてさて。装っているのなら知り合い発言はまずかったかもしれない。

「知り合いって!あんな美形さん…ちゃんまさか彼氏かい!」
「違います。断じて違います」
「ああもうそうならそうと言っておくれよ!お邪魔虫はとっとと退散するからさ!」
「おかみさん人の話聞いてますか」
「そうかいそうかいちゃんにも春が来たかい!いやあめでたいねぇ…あ、これ900ジェニー!ここに置いておくからさ!」

盛大な勘違いを訂正しないままおかみさんは豆と引き換えにお金を置いて、そりゃもう光の速さで去って行った。
その一連の行動に、本格的に肩を落としてため息。ご近所スピーカーなんだけどな、あのおかみさん…。
それもこれもここ最近この人がここに入り浸りなのがいけないんじゃないか、と恨めしげにその隅っこにいる客を睨みつけてやれば、彼はいつの間にか本を閉じ、
そりゃもう優雅にコーヒーを飲んでいた。

「彼氏だって」
「無視を決め込んでいたんじゃないんですか、ルシルフルさん」

まさか。そう勝手に決めつけたのは君の方だ、と彼は軽く肩を竦める。
その飄々とした様子にけっ、と悪態を吐き、私は再び頬杖を突き始めた。

彼の名はクロロ・ルシルフル。世間を騒がす盗賊集団“幻影旅団”の親玉だ。

先代に教えられた時は妙に納得した。明らかに纏う雰囲気が一般人ではなかったし、戦いたくない、と思ったほどの人間なんて久々だったからだ。
これでも昔はちょっと傭兵みたいな事をしていたわけで、自慢ではないがそれなりに強いとさえ自負している。
初めて会った時は全力で逃げようとしたなぁ、と頬杖を突いたまましみじみ。
慣れって恐ろしい。いつの間にかルシルフルさんは私の中で“コーヒー数杯で長時間居座る客”にクラスチェンジしてしまっている。
こちらに敵意を向けてくれないのはありがたい。ありがたいが、こう…何だろう。たまにこの人本当にあの幻影旅団の頭なのかと疑いたくなる。
事実なのはちゃんと理解してるんだけど。
はあ…と本日何度目かのため息を吐く。

「ため息ばかり吐いていると幸せが逃げるらしいぞ」
「そーですね。ルシルフルさんがここに来る回数を減らしていただければ少々幸せになるんじゃないですかね」
「それは無理な相談だ」
一刀両断された事にもう一度ため息。
知り合ったのは2年くらい前の事だが、何か若干ストーカー気味になってきたのはここ数か月の事だ。
何故なのか、その理由はきちんと分かっている。はっきり言うと理不尽五割、私の自業自得五割な話なんだけれど。

私は元々はこの世界の住人ではない。
この世界からすれば異世界というところから(未だに原因は掴めてはいないけど)私はやってきた。
先代から諸々の基礎知識やら何やらを叩き込まれたわけだけど、どうやらこの世界には“念”なんてものが存在しているらしい。
後から見れば、情報屋として命も狙われる事もあったから念を使えたんだろうなぁ、なんて思ったりもしたが、
そんなの知らない当時の私はこの世界の住人全員がそんな超人的な能力を有しているのかと愕然したものだ。

私の世界ではそんな超能力のような力が使える人間など稀有な存在だったのに、と。

ちなみに私はその稀有な方に入っていたりした。念を先代に一応は叩き込まれたが、昔から使い込んできた能力の方が使いやすいのは明白。
命の危機に晒されたとなれば、元の能力の方を発動するわけで。

(ああもう…何で見られちゃったのかなー…)

その発動したのを彼、ルシルフルさんに見られたのだ。
ちなみにそれが念ではないとバレたのは見られた後に彼の念で盗まれそうになったからで。

珍しいものに目がない幻影旅団の団長が、その力に興味を持たないはずもなく。

お前の情報売ってくれ、なんて依頼に誰が答えるんだっていう話で、無理です嫌です遠慮しますを繰り返していたらこのコーヒーショップに居座るようになったのだ。

「早いとこ売ってくれればいいだろう」
「この世界にどこにそんな自分の隠し玉をほいほいばらす物好きがいるんですか」
「そこに」
「勝手に決めつけんな」

今日も今日とてこの押し問答。これはあれか、私が折れるまでやるつもりなのかこの人。
いい加減諦めてくれませんか、とため息を再び吐く。

「なら蜘蛛に入るか?」
「…は?」

ルシルフルさん曰く、互いに諦める気がないなら俺の傍に置けばいいんじゃないか、と。
その言葉に思わず顔が引きつった。

「…そこに私の意志とか人権は」
「あると思うのか?」
「そこはせめて嘘でもあるって言っとけよ!却下だ馬鹿野郎!」

思わず言葉が荒くなる。駄目だこいつ傍若無人すぎるだろ!

「いい案だと思ったんだが」
「せめて私にとってのメリットを!!メリットプリーズ!」

仰々しく言えば、ふむ、と何か考え込むように口元に手を当てはじめた。
おい考え込まないとメリットが見つからないとかどういうことだ。

「メリットあっても入りませんからね?蜘蛛なんて」
「そうか?」
「そうですよ。私この店気に入ってるんです」

自分用のコーヒーを淹れながらそう返す。
この店捨ててまで犯罪者になりたくない。だからお断りします、そう改めてきっぱり断れば、つれないな、と返された。

「そうですよー私つれないんです。それに、」
「それに?」
「こうして秘密にしとけば少なくともルシルフルさんはコーヒー買いに来てくれるじゃないですか」

まあ2、3杯おかわりして帰ってくんだけど。

「もーちょっとコーヒー買ってってくれてもいいんですよ?」
「…」
「?ルシルフルさん?」
「…お前はたまに誤解を招きそうな物言いをするな」
「…?そうですか…?」

そう言えば、今度はルシルフルさんがため息を吐いた。

「…、まあいいさ。ところで、明後日は空いてるか」
「明後日?」
「“夜”の方だ」
「!…明後日は…うん、空いてます」

ルシルフルさんが空になったコーヒーカップをカウンターに返しにくる。

“夜”。このコーヒーショップの裏の顔を意味する言葉だ。

「来るのは貴方だけですか?」
「いや、シャルも来る」

自分が飲んだ分のコーヒーの代金を律儀に渡してくる。
盗賊なのに変なの、とも思うがくれる事に越したことはない。というか払わなくなったら即刻出禁だ。

「あ、じゃあ新しいPC手に入れたって彼に言っておいてください。喜ぶだろうから」
「…毎回思うが、何故シャルにはそんなに優しいんだ」
「彼は無理難題突き付けてこないから普通に接してるだけですよ」

誰かさんと違って、と軽く睨むもどこ吹く風。
はぁ…ともう数えるのも面倒になったが、何度目かのため息を吐く。

「とにかく、明後日ですね?予約入れときますから」
「頼む」
「前みたいに私も連れてく、なんて計画立てないでくださいね?私はただのコーヒーショップのオーナーなんですから」

そうとぼけてみせたら、そうだな、なんて軽く笑われた。


「確かに、“ミモーリア”のオーナーだ」




01.コーヒー一杯400ジェニー






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恋人と噂されても気にも留めないドライな関係(だと思っている)
20111007