「お断りします」

日も落ち、もう辺りの住民は寝静まっているであろう深夜。
私はため息と共にその言葉を吐きだした。

「好き嫌いで仕事を選ぶのはよくないと思うけど」
「選ぶ権利くらいあってもいいと思うんですけど」

カウンターを挟んで向かい合う男女。女の方である私は男を睨みつける。
若干男なのか?と疑問にも思うその顔つき。いやまあ体つきとか声とかは男以外ありえないんだけれど。
睨みつけた彼…イルミさんはもちろんどこ吹く風である。
何でうちの常連はこう…厄介なのばっかりなんだ、と内心でげんなり。

先日の幻影旅団の依頼をこなしたと思ったら今度はこっちだ。傍若無人っぷりはルシルフルさんと1、2を争うこの男。
世界的に有名な暗殺一家、ゾルディック家の長男であり、うちの常連。
常連と言ってもしょっちゅう無理難題を押し付けてくるから彼から依頼が来るときはあまり嬉しくはないのだけど。
うちは万屋じゃない情報屋だ、と何度言っても聞かないのだ。これならルシルフルさんの方がまだまし……いやどっこいどっこいだな…。

「家に来るだけだからさ」
「あんなびっくりドッキリ屋敷に何回も行ってたまるか!何度命の危険に晒されたと思ってんですか!」
じゃなきゃ死んでたかもねー」
「かもじゃなくて確定だよ!!毒を盛った料理を客人に出すな!」

私が契約している召喚獣。その恩恵で死なないのをこの人は知らない。

召喚獣。彼らの力が私の超能力の正体だ。
召喚士の生命力を餌に、己に適した魔獣なり神なりと契約し、異世界から召喚する。
私の一族はその能力に長け、召喚術の総本山として名をはせていた。
…といってもこの世界じゃ私一人しかいないわけだけど。
ちなみに私が契約している召喚獣は4体。白虎、朱雀、玄武、青龍だ。私は彼らを四神と呼んでいる。
中でも特殊なのが青龍だ。彼(?)の恩恵で私は怪我を自己修復できる。
その能力は毒にも効果を表すのは元いた世界で実証済みだ。…まあ、ここらへんはあまり語りたくはないので割愛するとしてだ。

その青龍のおかげで毒等は効かないのだが、多分この目の前の人はゾルディック家のように慣らされた身だとでも思ってるんだろう。
慣らされたと聞かされた時は驚いた。暗殺一家ってそんな事もするのか、いやはや大変だ。
だが、慣らされたわけではない私としてはたまったもんじゃない。効かないといってもこちとら魔力を消費して回復するんだ。

「母さんも楽しみにしてるんだし、おいでよ」
「何かすっごい外堀から埋められてる気がしたんですが気のせい!?」

っていうか親御さんが楽しみにしているって何だ!
何考えているか若干分からない表情(いつもの事だけど)のイルミさんを睨みつける。
そもそも。そもそもだ。

「イルミさんが“今度の婚約者候補”とか取り繕わなければ済んだ話でしょう…!!!」

何も疑問を抱かずゾルディック家にお邪魔したのがそもそもの間違いと言われればそれまでだけれど。
話を聞けば、何でもそろそろ新しいいい人はまだかしら?なんて親御さんに言われたとか言われてないとか言われたとか。
新しいって何だと問えば死んだらしい。そりゃそうだ毒なんか盛られたら大抵の人は死ぬに決まってる。
で、ちょーど仕事を依頼しようとしていた情報屋がいて、確かちょーどそれなりに強いし……というわけで私が犠牲になった、と。
そんな事の顛末を家にお邪魔して夕食です、と執事に呼ばれた時に説明されたわけで。
いっそ能力フルに使って逃げようかと思ったのだが、逃げようとしたらものすごい殺気が依頼主から伝わってきたので断念。
適当に受け流せばいいから、と言われ、その通りに適当に受け流して食事を御馳走になったら、
何故か(イルミさんを除く)全員が呆気に取られたような表情でこちらを見てきていたわけで。
…いや、まあそうだよね。毒を盛られた料理を食べて死なない方がレアだもんね。
そこからは何故かあれよあれよという間に…特に彼の母親に気に入られ。

「…ごめん?」
「疑問形を付けるな!せめて!せめて普通にお願いします!」

何で恋人でもない人の婚約者として家にお邪魔しなきゃいけないんだ!とカウンターに突っ伏す。
内心冷や汗どころではない。恋人ではありませんてへっとか言ってみろ。私あの一家敵に回したくない。

「じゃあ恋人になる?」
「じゃあとかそう簡単に決めるもんじゃないでしょう!どう考えても!!」
って案外我儘だよね」
「どの口が言いますか…!」

どうあっても行く気はない意志を察したのか、ふむ、と考えるようにイルミさんは顎に手を当てる。
しばし考えていたと思ったら、何かを閃いたらしい。

「じゃあさっき言った金額より桁2つ多くする」
「このブルジョワめ!!!」

とんでもない発言しやがった。そこまでして来させたいかこの野郎。
思わずツッコミを入れてしまったが、2桁。2桁って何だ。さっき提示してきた金も相当だったのに?さらに?

「迷うんだ」
「ま、迷ってません……行きません」
「じゃあ桁3つ」
「迷って……」
「即決するなら4つ増やすけど」
「行きます」

よろしくお願いします、と頭を下げてしまった。

「うん。じゃあ行こうか」
「え」

ガシッと手を掴まれて引きずられるような形で引っ張られる。

「街のはずれに飛行船止めてるから」
「え」
「ああ、母さんが用意した服あるから着替えてね」
「え」
「店の方は…臨時休業でいいか」
「……あの…イルミさん?…私本当にお家にお邪魔して恋人っぽく振る舞えばいいん…ですよね…?」

勝手に店に本日の営業は終了しました、と看板をぶら下げるイルミさんに思わず顔が引きつったまま尋ねる。
初めから連れてく気満々だった事に嫌な予感がしてならない。
そう問えば、振り返った彼が、さも当然のように答えてきた。

「まあその後俺の仕事に付き合ってもらうけど」
「無理です嫌ですお断りします」
「ミモーリアは一度引き受けた仕事は必ずやり遂げるが売りじゃなかったっけ」
「う」
「断るんだ」
「いや…これは…」
「4桁」
「…お手伝い…させていただきます…」

飛行船に連行される私は、それはもう悲壮感たっぷりだった、まるで囚人のようだったと、近所のおじさんに後日語られた。




02.フリじゃなくても構わない






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基本的に何でもやれるから万屋と思われる情報屋
20111125