「えーっと…グミをそれぞれ20個ずつ、ミルク2瓶にオレンジ3つにハクサイ3つ…も、モチモッチン粉ってなんだろ…それ3つ…と、ら、ライス2袋!?えっと…はい、2袋ください…」

幸福の市場にて、お使いなのであろう…紙切れ一枚と苦戦する少女が1人。
持てるのだろうか、という疑問を店員が口にすれば、引き攣った声で大丈夫です、との答えが返ってきた。
見た目の幼さに似合わない、よっこいしょ、という掛け声と共に全てを一度に持ち上げる。
おお、と店員がその力に感嘆の声を漏らすも、持ち上げた少女の足取りは覚束ない。
重いから、というよりは彼女の手に余る量の多さに問題がある気がする。
ふらふらと帰路に着く少女。持つ荷物は彼女の顔をすっかり隠している。

大丈夫だろうか、と心配するものの、新しくやってきた客に店員は彼女から視線を外した。




00.互いに新人




「うー…前が見えない」

ちょっとこの量はないんじゃなかろうか。
そう思いながらもふらふら屋敷に帰ろうと足を進める。
昨日の夜、奥様に“明日来る時、ついででいいからお使い頼まれてもらってもいいかしら?”なんていう言葉を受け、
軽い気持ちで了承して、幸福の市場で買い物してくるだけだから、という言葉を鵜呑みにして渡されたメモを見なかった自分を張り倒したい。
何だこの量。いや、重くて持てない、とかそんなのではなく、量が私の腕で抱えられる限度を超えている。
というか前が見えない時点でいつ転んでもおかしくない。どうするんだ、牛乳瓶あるっていうのに。

「大体何で米2袋……!」

こういうのは屋敷にいるメイドさんにやらせればいいだろう!とここにはいない雇い主に対して毒を吐く。
あ、オフレコ、オフレコでお願いします。まだ働きだして間もないんだから。今クビになったら洒落にならない。

そう、働きだして間もない…というより、この世界に来てから間もない私にとって、クビだけは回避しなければならない。
何故この世界が異世界だと分かったのかというと、あれだ。まず文字が読めなかった(何故か言葉は通じたけど)。
家庭教師として奥様のご子息に剣を教える傍ら、必死になって文字を勉強したわけだけど、地図やら何やらここがどこなのか記している
文献を読めば読むほどここは私の知っている世界ではない事を教えてくれた。
そしてとどめは魔導器なんて魔法のような代物が日常生活の必需品として存在していることだった。
この世界にはエアルなんてものが溢れていて、それを糧に人々も植物も何もかもが生きている、らしい。魔導器も然り、だ。
異世界なんてそんな…とは思ったが、そもそも私の召喚術自体、対象を異世界から召喚するタイプのものなんだ。
私がその対象になっただけじゃないか、と無理矢理自分を納得させる。いや、深く考えるとどうして近くに召喚士がいないんだ、とか
色々疑問点が浮かんでくるが全力でスルーした。スルーって大事。

今私が最優先すべきなのは、この世界で生活できる地位を確立することだ。
だから、まずはこの荷物を落とさないよう慎重にかつ迅速に運ぼう、そう決意して一旦抱え直そうと足を止める。
ふう、とため息。うーん、手提げ袋でも貰ってくればよかっただろうか、と今更ながらに後悔した。
今から戻ってもなぁ、ともう一度ため息。

「…あの!」

吐いたところで声をかけられた。ような気がした。
いや、だって前見えないし。頑張って荷物の隙間から覗けば、何だか金髪が見える。
そこで声をかけられていることを確信。
ついでにあ、この格好はあれだ、騎士団だ、と最近学んだ知識を引っ張り出す。

「?何でしょうか?」
「あ、いえ…さっきからすごくふらふらされていたので…」

運ぶのを手伝いましょうか?なんて言われて、いいんですか?と返す。
そうしたら、困っている市民を助けるのも騎士の務めです、と何とも騎士の鏡のような言葉を返された。
なんていい人なんだ…!騎士様、騎士様だ!と感動しながら、じゃあお願いします、と一旦荷物を地面に降ろす。
騎士様は米袋2つ。私は残りのグミとか牛乳とか。うん大分楽だ…いやほんとに助かった。

「ありがとうございます。本当助かりました…もういつ転ぶかヒヤヒヤしてて…」
「転ぶ前にお手伝い出来てよかった。これはどちらまで?」
「あ、こっちです」

2人で抱え直して、再び歩き出す。

「それにしてもこれを1人で運ぼうとしてたんですか…」
「それについてはすごく後悔してます…」

頼まれたときにメモをきちんと確認していれば…!と歯ぎしりすれば、騎士様に苦笑された。
歩きながら、別段話す事もなかったので世間話を始める。
騎士様の話を聞くに、彼の名はフレン・シーフォというらしく、つい先日騎士団に入団したばかりだそうで。
奇遇ですね、私もつい先日働きだしたばかりなんですよ、と笑えば少しだけ驚いたように私を見てきた。

「騎士団の方…ですか?」
「あ、違います違います。騎士団ではなくて私は… 「いたーーーーーーーーーー!!!!!!!」

勘違いに気付いたので、慌てて訂正を入れようとしたら、大きな声が私の声を遮ってきた。
その大きな声に聞き覚えのある私は声がした方を振り向く。その瞬間、腹部に衝撃。

「だっ!?!」

タックルされたと気付くのに時間はいらなかった。隣で騎士様が固まっているような気がするがこの際気にしない。
何とか踏みとどまって(転んだら一巻の終わりだ、荷物的な意味で)タックルの原因を見れば、そこには最近見慣れたプラチナブロンドの髪の毛。

「やっぱり……どうされたんですか、坊ちゃま」
「どうされたもこうされたも!先生遅い!!」

アルス・グランヴィル。私が家庭教師として剣を教えている生徒の名だ。いや身分的に私なんかが生徒の名だ、とか言っちゃいけない方なんだけど、
まあこの際置いといて。

「遅いってまだ稽古の時間じゃないですよね?」
「う…だ、だってこの時間いつももう来てるじゃないか!」
「いやまあそうですけど…」

だからって出歩かないでくださいよ、とため息交じりに言う。大貴族の跡取り息子が護衛も付けないでホイホイ外に出ないでほしい。何かあったらどうするんだ。
言っても聞かないのはこの数か月で学んだけど。

「だから早く早く!母様も待ってるんだから!」
「あーもう分かりましたから!…ごめんなさい、シーフォさん、私ここで失礼しますね」

私が話しかけた事によって我に返ったらしい騎士様が、はっとしたようにこちらを見る。
まあ嵐のように現れたしなぁ坊ちゃま。固まるのも無理はない。

「あ、その荷物俺が持つから!」
「え、あ、はい」

状況があまり呑み込めていないらしいまま、騎士様が米袋を坊ちゃまに手渡す(というか坊ちゃまが奪う)。
坊ちゃまに持てるんですかと尋ねれば馬鹿にすんなと怒られた。

「すみません、このお礼は今度にでもさせてください」
「あ、いえそんな、気にしないでください。これも騎士の務めです」

先生早くー!という声が大分遠くから聞こえる。本当に、本当に少しでいいから落ち着きというものを持ってほしい。
ああもうまともに挨拶も出来てないってのに!と軽く愚痴ってから、本当にごめんなさい、と再度騎士様に謝罪をして坊ちゃまの後を追うべく帰路を走る。


「あ、そういや名乗るの忘れてた」

それに気づいたのは屋敷に着いてからの事。まあどうせすぐにまた会えるだろう。






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出会い編その1。まずはフレンから
20110929