「……解せない」
本来は立ち入り禁止のはずの屋上へと足を進めながら、そうぼそりと恨めしげに私は呟いた。
手に携えているのは菓子パンやらおにぎりやら牛乳やらが入ったビニール袋。
明らかに1人分ではない。というか私はこんなに食えない。
ああやだな、行きたくないな、とげんなりした表情で携帯を開いてメールを確認する。
確かに私の携帯は3限の休み時間中にメールを一件受信していた。このメールのせいで私は今こうして大量の昼食を屋上に届けようとしているわけで。
私何か悪い事した?してなくね?あ、いや確か一度近藤さんの頭竹刀でスッパーンって叩いちゃったっけ?いやあれに怒髪天だったのはメールの送信者じゃない、どこぞのマヨラーだったはず。
おいおい勘弁してくれよ、これでも花の女子高生なんだぞ、何が悲しくてパシリなんざやらなきゃいかんのだ。
…なんて今すぐにでもUターンしたい気持ちを抑え込み、屋上の入り口の前に立った。逃げない理由?決まってる。後が怖いからだ。
「おーきーたk「遅ェ」」
顔面めがけて空のペットボトルが飛んできた。青ざめつつ回避すれば、チッ、という舌打ちが。
「お前4限サボっときながら人に昼飯買ってこさせといてそれは無いんじゃないの!?遅いなら自分で買いに行けよっていうか学食行けよ!!!」
「あり、俺に楯突く気ですかィの分際で」
「いつの間にヒエラルキーの下の方に属するようになったの私!?」
「最初からでさァ、ほら、とっとと寄越せよ」
黒い笑みを浮かべる眼前の少年にこめかみがひくつく。が、それ以上反論したところで10倍くらいになってこちらに跳ね返ってくることは学習済みだ悲しいけど。
半眼で睨みつつ自分の分の昼食を取り出したビニール袋を沖田くんの手に渡せば、中身を確認した彼の顔が渋面を作った。
「…クリームパンはどうしたんでィ」
「私が行ったときには売切れてました」
「てめーが持ってるそれは何でさァ」
「私も食べたかったのでこれは必然的に私のものに……あいだだだだだだ!!髪を!髪を引っ張るな!!」
買いに行った者の特権すら行使させてはくれないのか!このドSは!!
隣りに座ったのが仇となった。最後の1個だったクリームパン。それを一口既に頬張っていた私の髪を容赦なく引っ張ってくる王子。
「抜ける!禿げる!!」
「きっとすぐ生えまさァ」
「そもそも抜くな!!いでででで!!分かりました!分かりましたから!!ほら半分こ!」
「…4分の3」
「え」
「4分の3」
「…」
無言の圧力って怖い。いとも簡単に手にしていたパンを渡してしまった。
ああ悲しきかなパシリ人生。っていうか何でこんなことに。
事の発端は、私がこの高校に転校してきた1年前まで遡る。
両親がそろって海外に転勤、多忙な両親についていくわけにも行かず親戚の家に転がり込んだのが1年前の事。
当然、高校は近場のところに編入。それがこの銀魂高等学校だったわけだ。
簡単な試験を受け、いざ編入してみれば宛てられたクラスは変人の巣窟だった。
後で知ったのだが、この高校の理事長と叔父様叔母様は旧知の仲らしく“あいつらんとこの姪っ子?ならZ組に入れときな”なんて理由で変人クラスに入れられたらしい。
ひどい、横暴、私は善良な一般市民なのに!と嘆いても時すでに遅し。私は2年Z組の一員となってしまったわけで。
きっとこの時自分の席の後ろの奴が今現在隣で私のものだったはずのクリームパンを貪ってる奴じゃなくて、さらに部活動見学で剣道部を覗かなければ、そしてその後帰宅中に不良に絡まれてた可愛い女の子を助けるなんてヒーローじみたことをしなければこんなパシリ生活を送るような目には遭わなかったはずだ。
おかしいだろ、何でこんな素行の悪い生徒代表みたいなやつが風紀委員なんだ。あの時写真を撮られなければ…!何の?いや…その、不良への過剰防衛中の…。
「何飯食いながら百面相してんでさァ」
「私のパシリ人生を思い返して涙してたとこですよ。ああチョココロネがしょっぱい…」
「バラ色人生の間違いじゃねェですかィ」
「パシリはバラ色とは読みません」
隣りで今度は焼きそばパンを貪る沖田総悟と言う名の少年。
自他共に認めるドS王子。跪かせた女性は恐らく星の数ほど。顔はいいんだ、顔は。他が壊滅的にひどいけど。
色々物騒な噂も聞くが私にとって問題はそこじゃない。
「あああああ…あの時喧嘩なんかしなければ…!」
「安心しなせェ。あの時喧嘩なんかしてなくても俺はてめーをパシリにしてまさァ」
「おいおいおいそれ袋小路って言うんですよ沖田君、私に人権は?」
「雌豚に人権なんざ必要ねェ」
ぶっ…!?と言葉に詰まる。
「ぶ、豚はちょっと失礼なんじゃないですか?」
「豚にですかィ?」
「私にだよ!!」
豚って何だ!!そこまで太ってないぞ!?そりゃこないだ妙ちゃん達にケーキバイキングに連行されたけどちゃんとその後体重戻したし!セーフ!ノーカン!
「○○kgは十分ぶt「何で知ってんだてめーはよォォオ!!!!」」
思わず意味もなく沖田君の口を手で塞ぐ。
「もがもご」
「もがもご、なんて言っても可愛くねーよ!!何でだ!どこで知ったんだお前!!」
「ぷは、こないだ身体測定あったの忘れたんですかィ」
「あったのは忘れてないけど何で沖田君が知ってるのかを私は聞いてるんだ!知ってた!?」
「そいつは知りやせんでした」
「そーかそーか白々しいな!!」
ああもうこいつ殴りたい。怒りに任せて拳を振り下ろしたい。そんなことしたら悲惨な目に遭うのは目に見えてるけどな!何だこれ泣きそう。
「……っていうか、あの、今すごーく嫌な予感したんですが」
「何でィ」
「体重…だけ、ですよね?」
「…」
そう問うと、沖田君は紙パックの牛乳を一口飲み、さも一服と言わんばかりに息を吐いた。
思わず背中を嫌な汗が一滴伝う。
「…」
「…」
「あの、沖田君…?」
「……2.5センチ」
「お前最低だな本当!!」
何で!お前が!!去年計ったサイズとの差を知ってるんだ!!胸囲の!!!
顔が真っ赤になっているのを自覚しつつ、沖田君の胸倉を掴んで揺さぶる。
「やめろィ、牛乳が零れる」
「零れちまえ!!ついでに記憶も零れ落ちろ!!」
「それは無理な相談でさァ」
ああああああ最悪だ!!よりによって何でこいつ!!これが同性だったら“えー?○×ったらまた胸おっきくなったのー?”とか“やだー!もー聞いてよ×△ー体重増えたー”とか!そんな花が咲き誇る乙女チックな展開が!!
「……随分と可哀想な頭してんなァ」
「…うん自分でもないわーって思った」
クラスメイトで想像してモザイクがかかってしまった脳内が悲しい。
「っていうか!それ、他に知ってる人は?」
私の恥ずかしい個人情報をどうやってこいつが入手したのかによって、危険度が変わってくる。
もしこれが一人歩きしてて皆が知る事実だったら私もう引き籠るしかない。体重とか胸囲とか恥ずかしすぎる。
「安心しろ、豚の体型なんざ誰も気にしやしねェよ」
「それはそれですごい虚しい!…いや…虚しいか…?」
ちらりとこちらを一瞥して、沖田君は牛乳パックの中身を飲み干す。
うわああああ恥ずかしい、何でバレてんだよりにもよってこんなドSに…!!
「…沖田君、あの…その…流布とか、しないでね?」
「…」
あ、駄目だこの顔は駄目だ、背後からどす黒いオーラが垂れ流されてる。
伊達に1年クラスメイトやってるわけじゃない。本能が警鐘を鳴らす。
「あー明日は卵焼きが食いてェ気分だなァ」
「作ってこいってか弁当を!!!」
「珍しく察しがいいじゃねェか」
交換条件でさァ、と言う沖田君。それは交換でも何でもないよねただの脅しだよね!?なんて言えるはずもなく。
「あ、あまり期待しないどいてくれると…」
「元よりお前の料理の腕なんざ期待してやせんぜ」
「それはそれで腹が立つ!」
何なんだ!何なんだこいつは!!
ギリリ、と歯ぎしりしつつ沖田君を睨む。
そんな私を見て、ふと何かに気付いたように彼は自分の右頬を指さした。
「チョコ」
「へっ?」
「ついてまさァ」
あれ、うそ、さっきのチョココロネ?うわ、恥ずかしい。
慌てて自分の右頬を擦る。
「ど、どう取れた?」
「あー、ちょっと待ちなせェ」
そう言うと彼はこちらに手を伸ばしてきた。
大人しくその動向を見守っていれば、その手を私の左頬に添える。
…ん?左頬?
「えっ、右じゃないの?」
「黙っとけィ」
それだけ言うと沖田君は中身に似合わない端正な顔をこちらに近づけてきて。
は、え?と固まる暇もないまま、彼は、
ぺろり。
と、私の左頬をなめた。
「…は、」
「甘ェ」
にやりと笑う沖田君の顔が、すごい近い。
「えっ、は、うぇえええええ!?!?」
「喚くんじゃねェよ豚が。次は口にしてやろうかィ」
「…!!」
顔から火が吹いたのを自覚しつつ、慌てて両手で口をふさぐ。
それが面白くなかったのか、笑ってた表情を一変。不機嫌そうなジト目に変える。
あ、やばい、と警鐘が確かに鳴るのを感じるも、私が動くより早く沖田君が私の両手を掴んで、動きを封じこまれた。
「塞ぐとはいい度胸してまさァ」
「してない!してない!!っていうか顔近…!」
「茹でダコの分際で反論たァ上等だ」
「だ、誰のせいで…!」
「」
いつもの声音より1トーン落としたそれで名を呼ばれる。
真剣な表情とその声音に思わずビクリと体がすくむ。
こいつは、たまにこんな表情をするから、だから。
「え、あ、おき…」
「んな顔すんじゃねェよ」
どんな表情をしているというのだろう。彼にはどんな表情をしているように映っているのだろう。
あ、沖田君の目に私が映り込んでる、とかそんなのが確認できる距離の状態で、彼はぽつりと呟いた。
「襲いたくなる」
ああくそ色っぽい、なんて思ってしまったわけで。
至近距離だった沖田君の顔がさらに近づいてくるのを、どこか他人事のように、眺めて。
ガチャリ。
「おい総悟いる…………………か……」
唇が触れるか触れないかの直前で、屋上の扉が開いた。
扉を開けた人物が手にしていたマヨネーズが、ぼとりと地面に落ちる。
落ちた瞬間、私の眼前にいた人間からブワッと先程のそれとは比べ物にならないくらいの黒いオーラが溢れだした。
「土方死ねコノヤロォオオオオオ!!!!!」
どこに持ってたんだそんなもの、とツッコミたくなるバズーカを構え問答無用で入り口に立つクラスメイトの土方さんに発射。
慌てて回避する土方さん。そして回避したせいで大破する入口。
「総悟テメェ何しやが……待て待て待て連射は止めろォオオ!!」
ガシャコンと次の弾を装填し、間髪入れずに発射する。…いやいや、どこに持ってたのそれ。
何はともあれ眼前から沖田君が離れてくれたことにほっと胸を撫で下ろす。
駄目だ、心臓に悪い。っていうか悪すぎる。土方さんには申し訳ないけど。
「ちっ…逃げやがった」
土方さんは上手く逃げたらしい。ひどく憎々しげにそう吐くと、沖田さんは手にしていたバズーカを地面に投げ捨てた。
…って、えっ、逃げ…?
「土方さんんんんん!!!カムバァアアック!!私を一人にしないでェエエエエ!!」
名を叫ぶも返事はない。サッと顔が青くなるのを自覚する。
何しに来たんだあのマヨラー!連れてけよ!沖田君探しにきたなら連れてけよ!!
…背後のどす黒いドS王子から私も全力で逃げ出すまで、あと5秒。
ときめいたのは、きっと気のせい
無意識な片思いとあからさまな片思い。つまり両想い
20120125